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涼宮ハルヒの淫婚

涼宮ハルヒの淫婚
   ★★★
 処女との結婚の可能性をいつまで信じていたかなんてことは他愛もない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それでも俺がいつまで初夜における破瓜などという想像上のエロ場面を信じていたかと言うと、これは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。
 精液を放つことは出来なかったものの幼稚園児の頃から自慰による快感に目覚めていた俺にとって世界は性欲に満ち溢れており、処女膜という器官の存在を知った小学三年生の時点でそれを婚姻の夜まで相手に保持させておくことは困難だと理解していたし、仮にその要望に応えてくれるような貞淑で従順で且つ好みのタイプの女性と結婚を前提に交際し始めたならば逆に早々と犯したくなってしまうに違いない、と当時から思い続けていた。もちろん相手の容姿が著しく劣っていたり性格や素行に問題があったりすれば損傷する機会も少ないのだろうが、誰からも婚前交渉を望まれないような女性と新婚初夜を迎えるというのは実刑以外の何ものでもなく、執行猶予が付されるまでは繰り返し上訴し続けたいところだ。
 そんなこんなで処女性に然程の興味も持てずにその未来における存在を疑っていた賢しい俺なのだが、お袋が親父に調教されている場面を目撃した訳でもないのに四六時中陰茎を咥えたがる性奴隷や腸内に小便を注ぎ込まれて礼を言ってくる肉便器や汚れた男性下着を持ち歩く淫臭狂や乳首に付けたピアスを誰彼となく見せたがる露出狂や初の性交時に呆気なく絶頂を迎える未通女や孕んだことが一度もないのに母乳を出す少女や碌な性知識もないのに喜んで尻穴を調教される女児等々、エロゲー的成年漫画的ヒロインたちが稀にしか存在しないのだということに気付いたのは相当後になってからだった。
 いや、本当は気付いていたのだろう。ただ気付きたくなかっただけなのだ。俺は心の底から四六時中陰茎を咥えたがる性奴隷や腸内に小便を注ぎ込まれて礼を言ってくる肉便器や汚れた男性下着を持ち歩く淫臭狂や乳首に付けたピアスを誰彼となく見せたがる露出狂や初の性交時に呆気なく絶頂を迎える未通女や孕んだことが一度もないのに母乳を出す少女や碌な性知識もないのに喜んで尻穴を調教される女児たちが、目の前に少なくとも三人は出て来てくれることを望んでいたのだ。
 俺が朝目覚めて夜眠るまでのこの普通な世界に比べて、エロゲー的成年漫画的物語の中に描かれる世界の、なんと魅力的なことだろう。
 俺もこんな世界に生まれたかった!
 勝ち気な美少女に手コキされながら言葉責めを受けたり、顔付きは幼いものの豊満な乳房と被虐的な資質を持つ美少女にパイズリを命じたり、淫核だけを執拗に責めて無口で大人しい美少女を喘がせたり、そんな三人を並べて反応の違いを楽しんだり、つまりそんなことをしたかった! されたかった!
 いや待て冷静になれ、今述べたのは現実世界において比較的実現性の高い行為じゃないだろうか。しかしそんな美少女たちに心当たりなどなく、仮に目の前に現われたとしても俺自身に何の特殊能力もなく魅力もなく金もなく権力もない以上は相手にされる筈がない。更に絶倫でもない限りは常時三人も相手に出来る訳がない。ってことで俺は考えたね。
 ある日突然クラスで浮いた存在の勝ち気美少女と仲良くなり、共に新たなクラブを創設することになってメンバーを募り、そうして仲間に加わったのが巨乳美少女と無口美少女で、活動内容は性的行為ってことにすればいいじゃん。別に毎回挿入や射精をしなくても女同士で絡ませておけばいいし、その場合の俺はフォロー役。おお素晴らしい、頭いいな俺。
 或いはこうだ。先の内容に加えて、実は勝ち気美少女は創造主のような神秘的な力を持っているのだが、当人はそのことに気付いていない。傲慢な人間にそんな力を自由に使わせたら恐ろしいからな。でもって、その能力を調査する為に未来から巨乳美少女が、宇宙の果てから無口美少女がこの世界にやって来たのだということにする。巨乳美少女の協力を得れば過去に戻って同じ場面を何度でもやり直すことが可能で、無口美少女は宇宙人の作った生殖能力のあるアンドロイドであり、俺が困った時には体力回復だろうが絶倫と化す為の肉体改造だろうが何でも助けてくれる。そうなると俺以外の男子生徒が一人くらいクラブに所属していてもいい。そいつはこの国の政府からの命令で勝ち気美少女の能力を探っており、性的行為には絶対に混ざっては来ないと言うか混ぜてはやらないが、俺が頼めばホテルの予約や淫具の購入等の実務的な手続きを無料で快く引き受けてくれることにしよう。更には小遣いとして官房機密費あたりから毎月一定額の金銭をも与えてくれると嬉しい。それならば褒美としてバイブの出し入れやアナル拡張ぐらいは手伝わせてやってもいい。性交を鑑賞させて美少女たちの羞恥心を煽ってやるのも面白そうだ。
 しかし、現実ってのは意外と厳しい。
 実際のところ、俺のいたクラスに勝ち気な美少女と呼べるような女生徒が存在していたことなんて皆無だし、時間旅行はまだまだ理論上の話だし、宇宙人が実在していたとしても地球人と交配の出来る人造人間を作れるかどうかは疑問だし、俺の手元に機密費の一部が回ってくることなど有り得る筈もない。
 世界の物理法則がよく出来ていることに感心しつつ自嘲しつつ、いつしか俺はエロゲーや成年漫画にそれ程のめり込まなくなった。こんな状況ある訳ねえ……でもちょっとはあって欲しい、みたいな最大公約数的なことを考えるくらいにまで俺も成長したのさ。相変わらず自慰のオカズとして使ってはいるけどな。
 中学校を卒業する頃には、俺はもうそんな子供染みた夢を見ることからも卒業して、この世の普通さにも慣れていた。一縷の期待を掛けていた百枚の年末ジャンボも外れちまったし、金に余裕がない以上は特別な行動も取りようがない。生きている間にハーレムを築くことなんて処女と結婚すること以上に無理そうだ。
 そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺は大した感慨もなく高校生になり、涼宮ハルヒと出会った。
   ★★★
 県立高校の入学式を終えてクラスの全員が教室内の指定された席に座るのを見届けると、担任の岡部なる若い青年教師は教壇に上がるや明朗快活な笑顔を俺たちに向け、自己紹介をするようにと言い出した。まあ、ありがちな展開だし、心積もりもしてあったから特に驚くことでもない。
 出席番号順に男女交互に並んでいる左端から一人一人立ち上がり、氏名と出身中学名に加えて趣味や所属予定の部活や将来の夢等の事柄を、或いはぼそぼそとした口調で、或いは調子よく、或いは詰まらない冗談を交えながら語っていく。
 やがて自分の番が回ってくると、俺は頭の中で捻っていた最低限の台詞を何とか噛まずに言い終え、やるべきことをやったという開放感に包まれながら着席した。替わりに後ろの奴が立ち上がり――ああ、俺は生涯この時のことを忘れないだろうな――後々語り草となる台詞を言い放った。
「東中学出身、涼宮ハルヒ」
 ここまでは普通だった。身体を捩って真後ろの席を見るのも億劫なので、俺は前を向いたまま、その涼やかな声を聞いた。
「ただの人間には興味ありません。この中にカサノヴァ型サチリアジス、ドンファン型サチリアジス、ニンフォマニア、病的な変態性欲者がいたら、後であたしのところに来なさい。以上」
 流石に振り向いたね。
 長くて真っ直ぐな黒い髪にカチューシャを付け、クラス全員の視線を傲然たる態度で受け止める顔はこの上なく整った目鼻立ち、意志の強そうな大きくて黒い目を異常に長い睫毛が縁取り、薄桃色の唇を固く引き結んだ女。えらい美少女がそこにいた。
 ハルヒは喧嘩でも売るような目付きでゆっくりと教室中を見渡し、最後に大口を開けて見上げている俺をジロリと睨むと、にこりともせずに着席した。
 恐らく俺を除いたクラス全員の頭の上には疑問符が浮かんでいたことだろう。威圧的な言動と変態及び性欲という単語で録でもないことを口にしたことぐらいは察しが付くだろうが、性的知識欲に溢れた俺以外の人間に全ての言葉の意味が理解出来る筈もない。当然ながら教室内の彼方此方から漏れ聞こえてくる小さな話し声はいずれも戸惑いを帯びていた。「今の言葉ってなに?」「あれってギャグなの?」「ここ、笑うとこ?」
 ちなみにサチリアジスというのは男性の淫乱症のことで、カサノヴァ型というのはその中でも不特定多数の相手と性的な快楽を追及しようとするタイプ、ドンファン型というのは特定の相手に執着して快楽を追い求めるタイプの人間のことを指す。ニンフォマニアは女性の淫乱症のことで、どれも性欲異常者に対して主に精神医学で用いられる言葉だ。変態性欲の具体例には色々とあるが、広義的には各種のコンプレックスやフェチも含まれるので、ナルシズム、ロリコン、ショタコン、シスコン、ブラコン、マザコン、ファザコン等、誰でも何らかの傾向は多少なりとも持っていると言えるだろう。尤も、過度の嗜好性の持ち主でなければ病的と称するまでには至らないだろうが。
 一応の説明が終わったところで話を元に戻そう。結果から言うと、ハルヒの発言はギャグでも笑いどころでもなかった。いつだろうがどこだろうがハルヒは性的な事柄に対しては常に大真面目なのだ。後に身を以てそのことを知ることになる俺が言うんだから間違いない。
 沈黙の妖精が三十秒ほど辺りを飛び回り、やがて担任教師岡部が躊躇いながら次の生徒を指名して、白くなっていた室内の空気はようやく正常化した。
 こうして俺たちは出会っちまった。
 しみじみと思う。出会いとは恐ろしい、と。
   ★★★
 自己紹介の瞬間から一瞬にしてクラス全員の関心を様々な意味で鷲掴みにしたハルヒだが、入学式の翌日以降は割と大人しく、一見無害な女子高校生を演じていた。それが嵐の前の静けさだとは知らず、ある日の朝、俺はホームルームが始まる前に自分からハルヒに話し掛けてみることにした。だってよ、自席に黙って座っている限りでは一美少女にしか見えないんだぜ。それも夢想していた以上の勝ち気美少女ときたもんだ。たまたま席が正面だったという地の利を生かしてお近付きになろうとする俺を一体誰が責められよう。
「なあ」
 と、俺はさり気なく振り返りながら、穏やかな笑みを浮かべて言った。もちろん話題は決まっている。
「自己紹介の時のアレ、どの程度まで本気だったんだ?」
 腕組みをして口をへの字に結んでいたハルヒは、そのままの姿勢で俺の目を凝視してきた。
「自己紹介の時のアレって何?」
「いや、だからサチリアジスがどうとか」
「アンタ、サチリアジスなの? どっちのタイプ? カサノヴァ型? ドンファン型?」
 真面目な顔で問い掛けてくる。
「いや、その傾向があるかもって自分で思うだけで……」
「ふうん、じゃあ一応は言葉の意味が判ってんのね? で、オナニーは毎日してんの? それとも誰かとセックス? 一日何回?」
 いきなり下ネタを振ってくるとは予想していなかった為に俺は思わず息を噴き出し、そのまま十数秒間咳き込んだ。呼吸を整えながら辺りを見回してみると、クラスの奴らが俺たちの会話に聞き耳を立てているのが判った。朝から不謹慎だとでも思っているのか、どいつもこいつも眉根を顰めている。
「まさか毎日してないの? もし週に数回程度だったら話し掛けないで。時間の無駄だから」
 複数の視線を浴びながらも物怖じしないハルヒにそう言われ、俺は少しばかり迷った後、正直に話すことにした。露骨な会話を続ける以上クラス内での評価は下がるだろうが、理想のタイプの勝ち気美少女相手にエロトークが出来るならその程度のことはどうでもいい。
「いや、セックスするような相手はいねえけど、毎日最低でも五、六回は出さねえと落ち着かねえって言うか……」
 俺の言葉が意外だったのか、ハルヒは少しだけ目を見開いた。
「……つまり、週に四十回以上は一人で扱いてるオナニー依存症ってことね。回数的には確かに傾向が認められるかも知れないけど、精神はちゃんと病んでんの?」
「病んでるかどうかは判んねえけど、浮気性は間違いなくあるな。ハーレムとか欲しいしよ」
「カサノヴァ型ってことね。女から見たら最低のエロ野郎ってとこだけど、大してモテそうもないのに身の程を弁えない発言は気に入ったわ。それで、最高記録は一日何回?」
 そこまでこの場で言わなきゃなんねえのかよ、とは思ったが、爛々と輝くハルヒの瞳を前にして俺は覚悟を決めた。
「中学二年の時に十七回。いや、十八回だったかな? 翌日と翌々日、学校休んだけどよ」
 そう告げるとハルヒは微かに首を傾げ、俺から視線を外して何やら思案し始めた。賞賛の言葉の一つくらいは掛けて欲しいところだが、そんな気は全くないらしい。
「なあ、おい。涼宮」
「黙ってて。考え事してんだから」
 思わず「すいません」と謝ってしまいそうになるくらい冷徹な口調でそう言われ、俺は肩を竦めつつ再び周囲に目を配った。明け透けな告白の後に一方的に会話を閉ざされたこともあって、クラスの大半の生徒達からの興味深げな視線が痛い。
「……やっぱ、今んとこは取り敢えず保留ね」
 小声で呟いたハルヒに言葉の真意を問う暇もなく、担任の岡部が教室に入ってきて、その日の朝の会話は終わった。
   ★★★
 その後も何度か話し掛けては見たのだが、ハルヒは適当に短い言葉を返してくるばかりだった。一応は話を聞いてくれるし、相槌も返してくれるのだが、俺を一瞥した後で常に思案顔になり、会話が弾むといったことはない。それでもファースト・コンタクト時のエロトークは決して無駄ではなかったようで、対話を重ねる毎にその視線は微かに柔らかくなりつつある。多少は親密度を増してくれているといった感じで、その点については他のクラスメイト達に対する殊更横柄な態度から簡単に推察することが出来た。
 参考としてその一例を挙げてみよう。
「ねえ、涼宮さんは昨日のドラマ見た? 九時からの」
「見てない」
「ええっ? 何でぇ?」
「別に」
「一回見てみなよ、あっ、でも途中からじゃ話が判んないか。だったら教えてあげようか、今までのあらすじ」
「うるさい」
「ちょっ、そんな言い方ってないんじゃない? 人が折角――」
「死ね」
 大概ハルヒに話し掛けるのはお節介な女子生徒であり、新学期早々孤立しつつあるクラスメイトを気遣って調和の輪の中に入れようという、本人にとっては好意から出た行動なのだろうが、如何せん相手が相手だ。手負いの獣を愛玩動物とするような覚悟が必要で、生半可な気持ちで世話を焼こうなどと考えたら噛み付かれるに決まっている。
 本音を言えば、そんな遣り取りを繰り返し見ている内に、今以上ハルヒには関わらないでおこう、と考えることもあった。理想の勝ち気美少女と少しばかり親しくなったとしても、精々言葉を交わすのが関の山で、俺の性欲処理を引き受けてくれる筈もない。今はまだ自己紹介時の発言でクラスの男子生徒達は引いているが、これだけ容姿端麗で性に対して開放的ならば、いずれは言い寄る奴らが押し寄せて彼氏も出来るだろう。仮にその時点で俺がハルヒの友人としての地位を得ることが出来ていたとして、恋人との性行為における相談等を持ち掛けられたりしたら、口惜しくて数日間寝込んでしまうかもしれない。ならばいっそ疎遠になって単なる観察対象とし、細身でありながらも豊満な乳房が制服の下で揺れる場面を目に焼き付け、自慰のオカズとして使わせて貰うだけに留めておいた方が、後悔することの少ない高校生活を送れるのではないだろうか。
 そんな風に何度も思ってはみたものの、自席に座っていれば背後の席が気になり、特別教室への移動中も男女別の体育の授業中も姿を探し、一人で廊下を歩いていたりポツンと体育館の床に座っていたりするハルヒを見る度に自然と口元が綻んでしまう。無論、その心理的背景にあるのは自らの肉欲のみで、脳裏に思い描くのは俺の身体の下で淫らに喘ぐハルヒの裸身でしかないのだが、そんな身勝手な欲望もある種の純粋な恋心と言えるだろう。
 どうにかして性交渉に持ち込む方法はないものか。嘘偽りのない気持ちで俺がそんなことを考えている間に、高校入学後の十日間が早々と過ぎて行った。
   ★★★
 昼休みになると俺は中学が同じで比較的仲の良かった国木田と、たまたま席が近かった東中出身の谷口という二人の男子生徒と机を同じくすることにしていた。別段一人で飯を喰うのは苦にならないが、高校生には高校生なりの付き合いというものがある。それぞれが持参した弁当を平らげながらの雑談内容は多岐に渡ったが、ある日、谷口からハルヒの話題が出た。当人は四時間目が終わるとすぐ教室を出て行って五時間目が始まる直前にならないと戻ってこないのが常だ。弁当を持ってきている様子はないので学生食堂を利用しているのだろう。しかし昼飯に一時間も掛けないだろうし、授業の合間の休み時間にも必ずといっていいほど教室から出て行ってしまう。気になって一度尋ねてみたことがあるが、相変わらず適当な言葉しか返って来なかったので、何処に行っているのかは未だに不明だ。
「お前、このところ頻繁に涼宮に話し掛けてるみてえだけどよ。中学で三年間同じクラスだったからよく知ってるんだがな、もしアイツに気があるんだったら、悪いことは言わんから止めとけ。高校生にもなったら少しは落ち着くかと思ってたんだが、全然変ってないようだしな。覚えてるだろ、あの自己紹介」
「あの変態がどうとか言うやつ?」
 焼き魚の切り身から細心の注意を以て小骨を取り除いていた国木田が口を挟んだ。
「そ。何であんなこと言ったのは知らねえけど、中学時代にも訳の判らんことを言ったりやったりしてたしな。それでいて成績優秀でスポーツ万能、おまけに見た目もいいしよ。中一の時から告られる度に付き合っては別れての繰り返しで、二年の二学期なんかは取っ替え引っ替えってやつだったな。俺の知る限りでは一番長く続いて一週間、最短では告白されてオーケーした五分後に破局してたなんてのもあったらしい。毎回涼宮が相手を振ってるようなんだが、その際に言い放つ言葉がいつも同じで、『普通の人間の相手をしてる暇はないの』だってよ。だったら最初から付き合うなっての」
「お前も振られたのか? その腹いせに言ってんじゃねえだろうな?」
 俺がそう問い掛けると、谷口は慌てた様子で再び口を開いた。
「違うって。お前が変な気を起こす前に忠告してやってんだよ。告られたら断わらねえようなビッチ女に振られて傷付きたくはねえだろ? 三年になった頃にはみんなそのこと知ってるもんだから、涼宮と付き合おうなんて考える奴はいなかったけどな。けど高校でまた同じことを繰り返す気がするぜ。だからな、アイツは止めとけ。弁当仲間が落ち込む様は見たくねえ」
「親切で言ってくれてんのだってことは判ったけどよ。あの涼宮が取っ替え引っ替えってのも何かイメージ湧かねえなぁ」
「事実なんだから仕方ねえだろ。まあ、どうするかはお前の判断だけどよ。俺だったらそうだな、このクラスでの一押しはアイツだな。朝倉涼子」
 谷口が顎をしゃくって示した先では女生徒の一団が仲睦まじく談笑している。その中心で明るい笑顔を振り撒いているのが朝倉涼子だった。
「俺の見立てでは一年女子の中でも間違いなくトップクラスだな」
「一年の女子全員をチェックでもしたの?」
 国木田の質問に谷口はニヤリと笑って頷いた。
「おうよ。AからDにまでランク付けして、その内Aランクの女子はフルネームで覚えたぜ。一度しかない高校生活、どうせなら楽しく過ごしたいからよ。朝倉はその中でもAAランクプラスだ。俺くらいになると顔見るだけで解る。アイツはきっと性格までいいに違いない」
 自分勝手に決め付けている谷口の言葉はまあ話し半分で聞いておくとしても、実際に朝倉はハルヒとは別の意味で目立つ少女だった。
 まず第一に美人であり、いつも穏やかに微笑んでいる。第二に性格がいいという谷口の見立ては恐らく正しい。最近ではハルヒに話し掛けようなどという酔狂な人間は皆無に等しくなっていたが、粗雑に扱われても挫けずに事ある毎に語り掛けている唯一の人間が朝倉だ。クラス委員長でもないのにそこまで世話を焼く必要はないと思うのだが、博愛主義的見地から早くクラスに溶け込ませたいとでも考えているのだろう。第三に授業での受け答えを見ているとかなり頭が良いらしい。問題を確実に正答し、板書の間違いを優しく指摘するような、教師にとっても有り難い存在の生徒と言える。第四に同性にも人気がある。まだ新学期が始まって十日余りだが、そんな短期間でクラスの女生徒達の中心的人物となっている。単なる人望だけではなく、人を惹きつけずにはいられないカリスマ性のようなものを持っているのかもしれない。
 確かにそんな爽やか美少女の膣を後背位で貫くのは心地良さそうだ。が、容姿の好みで言えばハルヒの方に軍配を上げたい。いつも不機嫌そうな顔が快楽で歪んでいく様を見てみたいということもある。性格を含めて考慮するならば、恋人にするなら朝倉、性交相手としてはハルヒと言ったところだろうか。まあ、どちらも今の俺には手に入りそうにない相手なんだが。
   ★★★
 訳の判らんことを言ったりやったりしていた、という谷口の言葉を裏付けるかのように、四月の後半に差し掛かった頃には俺もハルヒの具体的な奇行について幾つかのことを知り得ていた。盛り上がらない会話と細やかな観察を続けていた甲斐があったと言うべきか。
 そんな訳で、奇行その一。
 髪型が曜日によって変わる。月曜日はストレートのロングヘアを背中に普通に垂らして登場し、火曜日はどこから見ても非の打ち所のないポニーテールでやって来て、水曜日は頭の両脇で髪を括ったツインテールで登校し、木曜日は三つ編みになり、金曜日は髪を四ヶ所で適当に纏めてリボンで結んで現われる。どうも曜日が進む毎に髪を結ぶ場所を一ヶ所ずつ増やしているようで、その法則性だけは理解出来たが、そのことにどんな意味があるのかはさっぱり判らない。法則に従うなら週最終の日曜日には六ヶ所で髪を結んでいる筈で、それがどんな髪型なのかは一度見てみたいところだ。
 奇行その二。
 体育の授業は男女別々に五組と六組の合同で行われる。着替えの際には女子が奇数クラス、男子が偶数クラスに移動することになっており、当然前の授業が終わると五組の男子は体操着袋を手にぞろぞろと六組に移動することになる訳だ。
 そんなある日、ハルヒはまだ男共が教室に残っているにも関わらず、突然セーラー服を脱ぎ出した。まるで男子などカボチャかジャガイモでしかないと思っているような平然たる面持ちで、脱いだセーラー服を机の上に投げ出し、躊躇なくスカートに手を掛ける。呆気に取られていた俺を含む男達は、この時点で朝倉によって教室から叩き出された。
 その後、ハルヒは朝倉だけでなくクラスの女子の大半から説教を受けたらしいが、結局のところ何の効果もなかった。相変わらず男の目など全く気にせずに平気で着替えを始め、おかげで五組の男子は主に朝倉から、体育前の休み時間になったら即座に隣の教室へ向かうことを義務付けられてしまった。
 ちなみに二度ほどブラジャー姿を目撃した俺の推測では、どうやらハルヒは柄物の下着が好みらしい。一度目は赤と白のギンガムチェックにレースの付いたもの、二度目は青と白のストライプ柄だった。もっとよく嗜好性を知るには盗撮用のカメラが必須だが、発覚したらハルヒ以上に浮いた存在になることは間違いなく、そこまでは思い切れないでいる。
 奇行その三。
 基本的に休み時間毎に教室から姿を消すハルヒは、放課後になるとさっさと鞄を持って出て行ってしまう。当初はそのまま帰宅するのかと思っていたのだが、何度かこっそりと尾行してみたところ、呆れたことに学校に存在する殆どのクラブへの仮入部を繰り返していた。一昨日はバスケットボール部でボールを転がしていたかと思ったら、昨日は手芸部で枕カバーを縫い上げ、今日はラクロス部で棒を振り回しているといった具合だ。一日に三、四ヶ所回ることも当たり前で、後から当人に聞いた話では、マネージャー以外は男子しかいない野球部にも選手希望で入ってみたというから徹底している。スポーツ万能ということもあって一度仮入部した運動部からは例外なく熱心に入部を薦められていたが、その全てを断って所属先を気まぐれに変えた挙げ句、ある時を境に一切の参加を止め、結局どの部にも正式に入ることはなかった。一体何がしたかったのか。
 とは言え、もしも売名が目的であったならば、その点については成功したと言えるだろう。前述した三種の奇行により「今年の一年におかしな女がいる」という噂は瞬く間に全校に伝播し、現在ではハルヒのことを知らない生徒や学校関係者など殆どいないという状態になっている。そのことが今後の学校生活においてプラスになるのかどうか俺には判断が付かないが、当のハルヒは特に気にしている様子もなく、相変わらず常時不機嫌そうな顔だ。朝倉が接触を試みようとすれば唸り飛ばし、休み時間には何処かへ行ってしまう。特別な出来事がなければ関係を深めることなど出来そうもなく、俺の口から漏れ出す溜息の数は日を追う毎に増えていった。
   ★★★
「オッス、キョン」
 ゴールデンウィークの始まりを数日後に控えた朝、教室に足を踏み入れて自席に向かっていた俺は、そんな言葉と共に後ろから肩を叩かれた。振り返ると声を掛けてきたのはニヤケ顔の谷口だった。
 ちなみにキョンというのは俺のことだ。最初に言い出したのは叔母の一人だったように記憶している。何年か前に久しぶりに会った時、「まあキョンくん、大きくなって」と勝手に俺の名をもじって呼び、それを聞いた妹がすっかり面白がって「キョンくん」と言うようになり、家に遊びに来たクラスの友人がそれを聞きつけて学校で広まり、その日から目出度く俺の渾名はキョンになった。と言っても特に気に入っている訳ではなく、どことなく間抜けな響きがするので使用を遠慮して欲しいと以前から思っていたのだが、高校生になって状況を打開出来るかと考えていたにも関わらず、現クラスに国木田という感染元がいる御陰で今では級友達の殆どが俺をその名で呼んでいる。例外と言えば誰に対しても丁寧な朝倉と、誰に対しても偉そうなハルヒぐらいなもので、前者に貴方と呼ばれるのは別に構わないが、後者のアンタ扱いは渾名以上にどうにか改善して欲しいところだ。
「んだよ、朝っぱらから何か用か?」
 俺がそう問い掛けると谷口は締まりのない顔を更に崩し、気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「お前、ゴールデンウィークどうすんだよ? どっか行くのか?」
「特に予定はねえな。それより何で笑ってんだ? 何かいいことでもあったのかよ?」
「まあな。実は俺、ゴールデンウィークはずっと郊外の酒屋でバイトすることにしたんだけどよ。バイト仲間にすげえ綺麗なお姉さんがいんだよ。女子大生だぞ」
「んなことだけで喜んでんのか? 別に彼女になってくれるってことでもねえんだろ?」
「今はまだそうだけどよ。親しくなれば夏を迎える前に大人にしてもらえるかもしれねえじゃねえか。そういうチャンスは逃さねえようにしねえとな」
 谷口の発言に失笑しながらも、俺は軽く頷いた。確かに機会を得ることは大切だ。その為にアプローチが必要とされる点については、相手が女子大生だろうとハルヒだろうと変わりはないだろう。俺も自身の欲望を叶えるべく、もっと前向きな行動を取るべきなのかもしれない。
「で、その酒屋で男のバイトをもう一人募集しててよ。何も予定がねえんだったら、お前やんねえか? 肉体労働がメインだけど時給は千円からだぞ」
「気乗りしねえな。国木田でも誘えよ」
「そっか? んじゃ、そうすっか。おっ、丁度来たな。おい、国木田」
 タイミング良く教室に現われた国木田に向かって谷口は駆け寄り、俺はその背中を見送りながら考え込んだ。現在の所持金は心許なく、貯金の残高も大してないが、いざとなったらお袋に頼み込んで借りればいい。そんなことより今は如何にして目標に接近するかだ。その方法を思索しながら自席へと向き直ると、ハルヒは既に自分の椅子に座って涼しい顔を窓の外に向けていた。その横顔を視界に捕らえつつ、俺は静かに歩み寄って行った。
   ★★★
 朝のホームルーム前の僅かな時間にハルヒと話すのは日課になりつつあった。話し掛けない限りは何の反応も示さない上、昨日のテレビドラマとか今日の天気とかいった内容では朝倉と同じ扱いを受けるので、話題には毎回気を使う。
「前から聞きたかったんだけどよ、曜日で髪型を変えるのは何でだ?」
 俺は自分の椅子に腰掛けながら後ろを振り向き、不躾にそう尋ねた。この相手に対しては朝の挨拶など無用だ。
「いつ気付いたの?」
 ハルヒはロボットのような動きで首をこちらに向けると、いつもの笑わない顔で俺を見つめた。気分を害してしまったのか、左頬を引き攣らせてもいる。正直言ってちょっと怖い。
「んっと、少し前だな」
「……そう」
 面倒臭そうに頬杖を突きはしたものの、珍しいことにハルヒはそのまま言葉を続けた。
「あたし思うんだけど、曜日によって感じるイメージってそれぞれ異なる気がするのよね」
 俺は黙って首肯した。特に同意したという訳ではなく、話が逸れていることにも気付いてはいたが、久し振りにハルヒから話の種を振ってきた以上、取り敢えずは語らせてみるべきだと思ったからだ。
「色で言うと月曜は黄色。火曜が赤で水曜が青で木曜が緑、金曜は金色で土曜は紫、日曜は白って感じがしない?」
 頭に二つドアノブを付けているようなハルヒのダンゴ頭を眺め、ああ今日は二ヶ所だから水曜日かと認識しつつ、俺は再び頷いた。言われて気付いたのだが、目の前の勝ち気少女は曜日によって髪留めやリボンの色も変えていたように思う。現に今も青いヘアゴムで髪を纏めている。もしかしたら下着の色もその法則に合わせているのかもしれない。
「数字で言えば月曜が零で日曜が六。で、髪型に対するフェチっているじゃない。ツインテール好きとか。だから曜日に合わせて色々と試してみてたのよ」
「髪型フェチ? それって自己紹介の時のアレと同じようなもんか? んな奴ら集めて一体どうしようってんだよ?」
 俺が問い掛けるとハルヒは一瞬押し黙り、少し考え込んでから幾分小さな声を放ってきた。
「……あたし、多分ニンフォマニアなのよ」
「はあ?」
「だから、性欲が極端に強いの。まだセックスの経験はないけど、アンタと同じでオナニー大好きだしね。色素が付着するような場所は触らないようにしてるけど、おっぱいの下や内腿を撫でてるだけでイけちゃうし」
「ちょっ、ちょっと待てっ! いきなり何言ってんだよっ!」
 突然の赤裸々な告白に狼狽し、俺は手の平をハルヒに向けて制しようとした。その際、微かに前屈みになったのは制服の下で陰茎が勃起し始めてしまったからだ。
「大きな声出さないでよ。うるさいじゃないの」
「いや、そこは恥ずかしいとか言えよ」
 価値観の違いに困惑しつつ、俺は腕を下ろしながら小声で囁きかけた。
「何で恥ずかしがらなきゃなんないのよ? 性欲も食欲も睡眠欲も人間の基本的な欲求じゃない。アンタ、お腹が減ったら恥ずかしい? 眠くなったら恥ずかしい? んなことないでしょ?」
「……まあな」
「そりゃ、あたしだって見も知らない人の前でセックスなんてことになったら少しは恥ずかしいと思うかもしんないけど、別にそういう話じゃないでしょ? あたしは単に自分の性欲の深さとオナニーについて語ってるだけじゃない」
 何時になく雄弁なのは話し相手として嬉しいが、口から出てくる言葉が下ネタのみというのは一女子高生としてどうなのだろう。他人の前で性交することに然程抵抗感がなさそうな点も恐ろしい。だが、そのことを注意した方がいいのだろうかと思い悩む前に、俺にはどうしても聞いておきたいことがあった。
「でもよ、ちょっと小耳に挟んだんだけどな、お前、中学時代は結構な数の男と付き合ったんだろ? 全員お前が振ったって話だけど、その、色々と経験あったりしねえのかよ?」
「ふん、どうせ話の出所は谷口でしょ? セックスやキスどころか、誰とも手すら繋いでないわよ。だってね、どいつもこいつもオナニーの回数聞くと変な顔すんのよ? そんな相手とまともに付き合える訳ないじゃない。もちろん全員その場で別れたわ。中にはしたことありませんなんて言う奴までいてね、恥ずかしがって嘘吐いたんだろうけど、もし本当なら身体に欠陥あんじゃないのって感じ。女と付き合う前に病院行けってのよ」
 ハルヒはそう言って真っ黒な瞳で俺を睨み付けてきた。無表情の時以外は怒っているか、何かしら考え込んでいるばかりだ。それでも相手が中古品でないことが判った点は素直に喜ばしく、処女性に拘らないという自らの信条が揺らぎつつあることを感じながらも、俺は温和に微笑み掛けた。
「判ったから少し落ち着け。つうかよ、だったら付き合う前に回数とか確認しときゃ良かったんじゃねえか? 告られた時とかによ。で、相手の反応が気に入らなかったら付き合わずに断わればいいだろ?」
「……アンタ、そこそこ頭いいわね。少し見直したわ」
 その返答に俺は笑いを噛み殺した。冷淡な完璧主義者かとばかり思っていたが、意外と間抜けな面もあるらしい。
「で、サチリアジスの件なんだけどよ」
「ああ、そう言えばそんな話だったわね。つまり、あたしがニンフォマニアである以上、付き合う相手もそれなりの性欲異常者じゃなければダメってことよ。これでもあたし、貞操観念はしっかりしてるから、複数の相手と同時に付き合う気なんてないし、出来ればセックスする相手は生涯一人だけにしたいしね。そうなると相手を吟味しなくちゃなんないじゃない。候補者は多いに越したことはないし、同性の相談相手も欲しかったし、だから自己紹介の時にああ言ったんだけど、今んとこ寄ってきたのはアンタ一人ね」
「人を虫みてえに言うな」
「本当のことじゃない。でもね、他のクラスや部活も色々と見て回ったけど、あんまりそれっぽいのはいなかったし、そろそろ決め時かなって思ってんの」
 浅い溜息を吐きつつそう言うと、驚いたことにハルヒはにっこりと笑い掛けてきた。初めて見る満面の笑顔は予想していた以上に眩しく、自然と動悸が速くなる。
「あ? え?」
「昼休みになったらあたしにちょっと付き合いなさい。確かめたいことがあるから」
 何の為にどんな確認をするのかと尋ねることも忘れ、俺は馬鹿みたいに首を縦に何度も振った。
   ★★★
 昼休みにハルヒに連れて行かれたのは校舎の一階にある視聴覚室だった。出入り口の扉は施錠されていたが、ハルヒはスカートのポケットから鍵束を取り出して手慣れた動作で開けていく。不審に思って尋ねてみると、日中堂々と職員室に忍び込んで各所の鍵を盗んだ上、学校を抜け出して近所の金物屋へ行き、今では校内の全ての合い鍵を所持しているとのことだった。盗んだ鍵はその後こっそりと返しておいたらしいが、罪状を告白しながらも当人は平然としており、俺はその胆力と行動力に苦笑いするしかなかった。
「早く中に入んなさいよ、あんま時間ないんだから」
 ハルヒはそう言って俺を教室内に招き入れると、扉の鍵を内側から閉め、窓からの死角になっている教壇の隅へと引っ張っていった。
「時間がないって、まだ昼休みになったばっかじゃねえか。弁当喰う暇も与えてくんなかったくせによ。で、ここで何すんだ?」
「言ったじゃない、確かめんのよ」
「だから何をだよ?」
「アンタのオチンチンよ」
 素っ気ない返答に俺は口中の息を噴き出した。相手が変わり者であることは判っていたが、そんな企みを予想できる筈もない。
「なっ、何言ってんだよ、お前っ?」
「だから、オチンチン見せろって言ってんの。オナニーについては聞いたけど、まだ実物見せて貰ってないじゃない」
「何でお前に見せなきゃなんねえんだよっ?」
「見て気に入ったら、あたし、アンタとセックス込みで付き合おうかと思って。これでも一途だし、まだ処女だし、ある程度は浮気性も認めてあげるし、アンタだって嬉しいでしょ?」
 ちょこんと首を傾げて問い掛けてくるハルヒは可愛らしかったが、俺は口を開いたまま暫し呆然としていた。女性にそんなことを言われるのは生まれて初めてのことであり、その点については素直に喜ばしいことではあったが、愛の告白にしては言葉が生々し過ぎる。
「……お、お前、俺のことが、その、好きなのかよ?」
 我ながら間の抜けた問い掛けだとは思ったが、まずは相手の気持ちを確かめる必要がある。俺が乾いた声でそう言うと、ハルヒは意表を突かれたかのように何度か瞬きを繰り返した後、眉間に深い皺を寄せた。
「……まあ、嫌いってことはないけど、好きかって言われたらどうなんだろ? まだアンタのことよく知らないし」
「んな適当な気持ちでチンポ見せろだとか、セックスするだとか言ってんのかよ?」
「そうよ」
 俺はガックリと肩を落とした。ハルヒにとっては当たり前の発言かもしれないが、傍目には投げ遣りになっているとしか思えない。相手との性交を以前から望んでいたとは言え、そこに至るまでの経過として真摯な言葉の一つくらいは欲しいところだ。
「あ、でも勘違いしないでね。もし付き合うことになったら、それなりに彼女らしいとこも見せてあげるわよ。お弁当作ってきたりね。勝手に浮気すんのは許さないけど、あたしが許可した相手となら何度セックスしてもいいわ。ハーレム作りにも協力してあげる。いいことばっかじゃない」
 最早これは告白ではなく交渉だと思いつつも、俺は曖昧に頷いた。確かにこれだけの好条件を提示してくる相手には生涯二度と巡り会えないだろう。はっきり言って性格が難だが、性行為を繰り返すことで多少は改善出来るかもしれない。
「で、その為にはチンポ見せろってんだな?」
「そういうこと。付き合うかどうかを決める重大な要素なんだから。もちろん、見て気に入らなかったらそれまでね」
「予め聞いておきてえんだけどよ、お前の好みのチンポってどんなんだ?」
「そんなのあたしだって判んないわよ。本物なんてネット上の写真でしか見たことないもの」
 そう言って不愉快そうに唇を突き出すハルヒを見ながら、俺はズボンのベルトへと手を掛けた。
   ★★★
「ふうん、毎日オナニーしてるって言うだけあってかなり黒ずんでるわね。それにちょっと皮被ってる。これって仮性包茎ってことでしょ?」
 視聴覚室の隅で剥き出しになっている俺の下半身を興味深そうに眺めた後、ハルヒはそう言って屈み込み、萎え切った一物に鼻先を近付けてきた。
「おい、何すんだよ?」
「匂いを嗅ぐに決まってんじゃないの」
 当然のことのように告げ、亀頭の間近で犬のようにフンフンと鼻を鳴らしてくる。敏感な部分に当たる鼻息が少しばかり心地良く、思わず俺が陰茎をピクリと動かすと、ハルヒは一旦目を丸くし、次いでにこやかに笑った。
「これってもしかして自由に動かせんの?」
「下っ腹とかケツ穴に力を込めりゃ多少は上下に動くけどよ。あとは訓練次第だろうな。個人差もあるだろうし。んなことより、そろそろズボン穿いてもいいだろ? もう充分に見て嗅いだろうが」
「まだ勃起したとこ見せて貰ってないじゃない」
「ちょっ、そこまで見せなきゃなんねえのか?」
 俺の言葉にハルヒは即座に頷いた。
「だって、どの程度の大きさになんのか確認すんのが今回の目的だもの。もし付き合い始めたら先々あたしの中にこれが入ってくる訳でしょ? その時に予想以上に大きかったりしたら怖いじゃない」
「……けどよ、勃起させるったって、それってこの場でオナニーしろってことだろ?」
「気合いとかでどうにかなんないの?」
「んな便利なもんじゃねえんだよ。昂奮すりゃあ簡単に立つけど、お前が見てえのは最大勃起時のチンポだろ? だったらオナニーするしかねえな。ったく、どんな羞恥プレイだよ」
 そう言って俺が深く溜息を吐くと、ハルヒは幾分申し訳なさそうな視線を送ってきた。
「付き合い始めた後ならあたしが手でしてあげてもいいんだけど、まだその前の段階だしね。悪いけど一人でしてくれる?」
「だったらお前も脱げよ。制服だけでいいから。それをオカズにすっからよ」
「それって下着姿になれってこと? ん、まあ、そのくらいならいいか。その代わり射精するとこまで見せてよね」
 俺が首肯して右手で一物を扱き出すと同時に、ハルヒは立ち上がって制服を脱ぎ始めた。下着は上下組のものらしく、どちらも青地に白いレースが付いている。初めて見る下半身は予想以上に細く、それでいて白く艶やかな尻は適度なボリュームを持っており、深々とした胸の谷間から推測される乳房の大きさも含め、高校一年生としては色気のある身体と言っていい。
「へえ、どんどん大きくなんのね。皮も完全に剥けたし、何か面白いかも」
「お前だって昂奮すれば乳首やクリトリスが勃起すんだろ?」
「まあね。でも黒くなったら嫌だから身体を洗う時以外は触んないし。あ、でも、アンタと付き合い始めればもうそんな必要もないわね」
「あ? どういうことだよ?」
「だって男って色素の沈着を嫌がんでしょ? 後からジャムウソープだの専用オイルだの使うのも面倒だし、だからオナニーの時とかに触らずにいた訳よ。黒ずみが原因で破局なんて嫌だしね。でも、仮にアンタと付き合い始めたらもうそんなの関係ないじゃない。何度もセックスすれば色が濃くなるのは当たり前なんだから」
 一方的な言い分を述べた後、ハルヒは再び座り込んで間近で陰茎を鑑賞し始めた。鼻をひく付かせているところを見ると淫臭を嗅いでもいるようだ。性欲対象の勝手な行動に文句を言い掛けたものの、却って胸の谷間がよく見えるようになったので取り敢えずは放っておくことにする。
「おい、ズボンの後ろポケットにティッシュが入ってるから取ってくれ。そろそろ出ちまいそうだからよ」
「ん、ちょっと待って。えと、あ、これね。はい」
「サンキュ。で、今の状態が俺のチンポの最大時だ」
 左手でポケットティッシュを受け取りながら俺はそう告げ、右手を更に加速させた。
「ん、判った。この先っぽを濡らしてんのがカウパー液って奴ね。もっと量が出るもんだと思ってたわ。匂いも特に強くなさそうだし、味も薄いの?」
「知るか」
 俺の返答が気に入らなかったのだろう、ハルヒは一物に視線を注いだまま頬を膨らませた。
「……ねえ、キョン」
「あ? 何だよ?」 
 突然渾名で呼ばれたことに面喰らいながらも、俺は平素の口調で問い掛けた。アンタと呼ばれ続けるよりはマシだ。
「味、確かめてみてもいい?」
 ハルヒは独り言のようにそう呟くと、俺の返事も待たずに亀頭の先をペロリと舐め上げた。ほんの一瞬の出来事だったが、限界間近の陰茎は柔らかな舌の感触に耐え切れず、俺は慌てて数枚のティッシュを先端に宛がい、そこに精液を放ち始めた。
「アンタ何してんの? それじゃ出てるとこが見えないじゃない。早くそのティッシュ退けなさいよ」
「んなことしたら周りに飛び散っちまうだろうが。くっ、まだ射精中なんだぞ。大体、お前が勝手なことすっからだろうが。付き合う前でもチンポ舐めんのはいいのかよっ?」
 俺としても観察し易いよう、臨界点突破直前にティッシュを重ねて敷き、そこを目掛けて放出するつもりでいたのだが、今となってはもう遅い。
「だって、舐める前にもう決めてたもの」
「ふぅ……はあ?」
 溜まっていた体液を吐き出し終え、直ちに拭き取り掃除に取り掛かろうとしていた俺は、新たなティッシュへと伸ばしていた手を止め、息を荒くしたままハルヒへと視線を移した。
「改めて言うわ。キョン、あたしと付き合いなさい。自分から告るのなんて、あたし初めてなんだから。断わったりしたら死刑だからね」
   ★★★
 その後、半ば脅迫混じりの要求を俺が承諾すると、ハルヒは穏やかに笑い、徐ろに下着を脱ぎ始めた。背中に手を回してブラジャーのホックを外し、躊躇いもなく乳房を露出させ、当たり前のようにショーツを下ろして足首から抜き取っていく。
「おい、涼宮? いきなり何を――」
「付き合い始めたんだし、今後は名前で呼んでくんない?」
「お、おう」
「で、どう? これがあたし。今日からアンタの彼女になる女の身体よ。オチンチンやオナニーを見せて貰った以上、あたしが全く見せないのも悪いしね。何だったらもっと近くで見てもいいわよ。でも、まだ触っちゃダメだからね?」
 ハルヒはそう言って俺の正面で直立不動の姿勢になった。乳房は豊満でありながらも垂れることなく張りを保ち、乳首と乳輪は仄かな鴇色で共に微かに膨らんでいる。臀部は先刻の観察の通り艶めかしく丸みを帯び、恥丘は細く真っ直ぐな陰毛に薄く覆われ、花唇は閉じて膣肉は見えないものの、包皮の中から淫核がちょこんと顔を覗かせているのが愛らしい。肌は何処にも染み一つなく細やかで、柔らかそうな身体から立ち上ってくる体臭はただ甘いばかりだ。
「……すげえ、綺麗だ」
「気に入ってくれた?」
「ああ。何て言うか、すげえ……」
「なら良かった。けど、この場所ではここまでね。初めてのセックスが視聴覚室だなんて、面白くも何ともないもの」
 俺はハルヒの言葉に首肯した。面白いかどうかはともかく、俺としてもこんな場所で童貞を捨てたくはない。初の性交にはもっと相応しい場所がある筈だ。
「ねえ、キョン」
「ん? 何だ?」
「オチンチン、また大きくなってきてる」
 指摘されて俯くと、射精後に一旦萎えた陰茎が確かに勃起し始めている。それも先刻の精液を亀頭や茎部に付着させたままだ。
「仕方ねえだろ。目の前に裸のお前がいるんだしよ」
「でもどうすんの? あたしの裸見ながらもう一回オナニーする? それともあたしが手コキとかしてあげよっか? パイズリとかフェラのがいい? セックスは別の場所でして欲しいけど、その程度ならいいわよ?」
「いや、ちょっと待て。その程度って、お前、んなこと最初から平気なのかよ?」
「恋人になるってことはそういうことでしょ? セックス以外にも色々と込みじゃない。あたしだっていずれはアンタにクンニして貰うつもりだし。それで、どうすんのがいいの?」
 俺は返答せずに黙り込んだ。確かにハルヒの言うことにも一理あるような気がするが、相手は間違いなく俺以上の性的異常者であり、このまま事ある毎に流されていたら何処へ行き着くか判らない。主導権を得る為にも、ここは敢えて断わっておくべきだろう。立場さえ上になれば後日幾らでも好きなように出来る。
「……何もしねえでいい。このままチンポ拭いて今回は終わりだ。急いで色々と試すこともねえだろ?」
「ん、まあ、アンタがそう言うなら我慢する。けど、あたしがして欲しい時にはちゃんとクンニしてよね?」
「その時が来たらマンコがふやけるぐれえ舐めてやるよ。ああ、そう言えば聞き忘れてたんだけどよ。付き合うってことは俺のチンポ気に入ったんだろ? どこが良かったんだ?」
「生臭いとこ」
 問い掛けに即答し、ハルヒは幾分照れ臭そうに微笑んだ。
   ★★★
「ほら、これ使いなさいよ」
 陰茎の掃除を再開した後、持参したポケットティッシュだけでは白濁液の拭き取りに足らないことが判ると、ハルヒはそう言って自分のハンカチを差し出してきた。露出狂の気があるのか元から羞恥心が足りないのかは今一つ判断付かないが、現在も一糸纏わぬ全裸のままだ。
「いいのかよ? 汚しちまうぞ? 染み込んだら洗濯してもカバカバになっちまうんだぞ?」
 俺がそう尋ねると、ハルヒは笑みを深くした。
「構わないわ。洗わないもの。アンタの匂いを覚えるのにも都合がいいじゃない」
 そう言ってくれるのは有り難いが、発言の内容には疑問が残る。
「匂いを覚えるって、まさか拭いた後のハンカチを嗅ぐつもりか?」
「ただ嗅ぐだけじゃないわ。家でオナニーする時に使うのよ。気持ち良くって匂い覚えて一石二鳥じゃない。それともやっぱりオチンチン舐めて綺麗にする方がいい? あたしは別にいいわよ? カウパー液だけじゃアンタの味よく判んなかったし」
「いや、今日はそこまでしなくていいって。さっき言ったろ、あんま急ぐなってよ」
「なら、早くこれ受け取りなさいよ。この後で教室に戻ってお弁当食べなきゃなんないんでしょ? あたしだって学食に行きたいし」
「んじゃ、遠慮なく使わせて貰うか」
 折り畳まれたままのハンカチを手に取り、乾き始めた粘液を拭い取っていく。ハルヒはその様子をチラチラと見ながら、脱ぎ捨てていた自身の下着を手に取って身に付け始めた。
「なあ、お前に頼みがあんだけどよ」
「何? アナルセックス?」
「どうしてそういう発想になんだよ? じゃなくてだな、体育の時、まだ教室に男がいるのに平気で着替え始めたりしてたろ? ああいうの止めてくんねえか?」
「ん、判った。アンタと付き合い始めた以上、ああやって周りの反応を観察する必要もないしね」
 ハルヒはそう言って手早く上下の下着を着け終えると、俺の股間を一旦覗き込んでからトランクスを渡してくれた。丁度一物を拭き終えた頃合いであり、それなりに気を使ってくれたらしい。
「おっ、サンキュ。でもよ、観察ったって、傍目には黙々と着替えてるようにしか見えなかったぞ?」
「気付かれたら意味がないじゃない。そんなことより、アンタ、嫉妬深い方? 他の男の前で着替えるなって言うのも独占欲から来てんの?」
「まあ、そうだな。つうか、当たり前の話だろ? 自分の彼女が人前で脱ぎ出したら誰だって怒るだろ? 貞操観念がしっかりしてんだったら、ああいうことは止めてくれ」
「だから判ったってば。今日からはアンタに操を立てるわよ」
 ハルヒは不満そうに唇を突き出してアヒル口になり、俺はそれを眺めながら立ち上がってズボンに片脚を通した。
   ★★★
 五時間目の授業が終わると、谷口が難しい表情で俺の席へと近付いてきた。単純な作りの顔に深い皺を寄せており、まるで乾き切ってしまった紙粘土の塊のようだ。
「お前、どんな魔法を使ったんだ?」
「魔法って何だ?」
 高度に発達した科学は魔法と見分けが付かないという言葉を思い出し、ならば現代科学の粋を集めれば魔法少女を生み出すことも可能なのではないかと考えつつ、俺は淡々とした口調で聞き返した。谷口はそんな俺の思考の奥深さに気付くこともなく、チャイムの音が鳴り響くと同時にトイレへと向かったハルヒの空席を親指で示した。
「俺、涼宮が誰かと親し気に話してるとこなんて初めて見たぞ。それもずっと笑いっ放しじゃねえか。お前、アイツに何言ったんだ?」
「色々あってな、付き合うことになった」
「なっ? あんだけ忠告してやったのにかよっ?」
「別にいいだろ? お前も酒屋の女子大生相手に頑張れよ」
「くっ、驚天動地だ。天災地変だ」
 谷口が大袈裟に驚きを表明していると、その背後から国木田がひょっこりと顔を出した。
「昔からキョンは変な女が好きだからねぇ」
「誤解を招くような発言すんな。佐々木のことを言ってんだろうけど、俺とアイツとは何でもねえ」
「キョンが変な女を好きでも一向に構わん。俺が理解し難いのは、あの変人の涼宮がキョンの前では普通の女のように振る舞っていることだ。納得がいかん」
「どちらかって言うと、キョンも変な人間にカテゴライズされるからじゃないかなぁ」
「そりゃ、キョンなんて渾名の奴がまともである筈はないんだがな」
「……お前ら、殴られてえのか?」
 殊更低い声でそう言って俺が拳を固めた刹那、後方から軽やかなソプラノ声が振ってきた。
「あたしも話に入れて欲しいな」
 振り返ると、朝倉の明るい笑顔が俺たち三人へと向けられていた。
「あたしが幾ら話し掛けてもちゃんと答えてくれない涼宮さんと、どうやって付き合うことになったの? 良かったら教えてくれない?」
 まさか爽やか美少女相手に男性器の生臭さについて語る訳にもいかず、俺は黙って腕を組んだ。この場にハルヒが不在であることを幸いと考え、適当にお茶を濁しておく他にない。
「その、何度か話してる内に波長が合ってな」
「おい、キョン。どっちが告ったんだ? もちろんお前だよな?」
「ん、まあ、な」
 細かい追求を躱す為にも、ここは俺が泥を被っておくべきだろう。
「ふうん。でも安心したわ。同じクラスの貴方が恋人なら、他のみんなとも少しは仲良くしてくれるかもしれないしね」
「……それはどうだかな。相方の俺が言うのも何だけどよ、あんま期待しねえ方がいいと思うぞ?」
「だったら貴方が頑張って、涼宮さんをクラスに溶け込めるようにしてあげて。折角一緒のクラスになったんだから、みんなで仲良くしていきたいじゃない? お願い」
 そう言って朝倉は両手を合わせて俺を拝み、次いで深々と頭を下げてきた。
   ★★★
 その日の放課後、俺はハルヒと連れ立って教室を出た。手を繋ぐことも腕を組むこともなかったが、廊下でも昇降口でも他の生徒達からの視線が纏わり付いてくる。校内一の有名人と言うこともあり、誰もがハルヒの動向に少なからず注目しているのだろうが、どいつもこいつも隣を歩く俺の顔を覗き込んでは苦笑いを浮かべている点が腹立たしい。
「ねえ、顔が引き攣ってるわよ? どうしたの?」
「……ジロジロ見られんのが鬱陶しいんだよ。お前、美人だし、俺じゃ釣り合わねえとでも思って眺めてんだろうけどよ」
「そうね、あたしもそう思うわ」
「おい」
「でも言ったでしょ、一途だって。ちょっと待ってて。見せしめとして何人か血祭りに上げてくるから」
 そう言って走り出そうとしたハルヒの左腕を俺は慌てて捕まえた。
「ちょっ、そこまですることねえだろ? いいから放っとけ。その内に慣れりゃ気にもならなくなるだろうから。な?」
「別に五、六人程度なら入院させてもいいじゃない。だってね、アンタを馬鹿にしてるってことは、アンタのオチンチンを選んだあたしを馬鹿にしてるってことよ? それってつまり死ぬ覚悟が出来てるってことでしょ?」
「頼むから勘弁してくれ。お前まで嫌な気分にさせちまったんなら、その分、先々好きなことしてやっから」
「……ん、そこまで言うなら仕方ないわね」
 ふて腐れた顔でそう言うと、ハルヒは元の位置に戻って自分の靴箱を開けた。中から茶色のローファーを取り出して踏み板の脇のコンクリートの上に下ろし、代わりに脱いだ上履きを仕舞い込む。俺もまた安堵の息を吐いてハルヒから手を離し、校舎から出る準備を整えていく。
「で、この後どうすんの? どっか寄ってく?」
「そうだな。まだお互いのことよく知らねえし、ファミレスでも行ってダベるか?」
「だったら駅前まで行かない? ロータリーのとこに感じのいい喫茶店があんのよ」
「普通の茶店か?」
「当たり前じゃない。アイスエスプレッソが特に美味しいの。そこでいいわよね?」
 俺はハルヒに向かって首肯し、会話の自然さに口元を綻ばせた。普通の恋人同士のような語らいに自然と胸が熱くなる。
「でね、そのすぐ近くにアダルトショップがあって、ローターとかバイブとか売ってんのよ。一度試してみたいんだけど、それってやっぱり処女膜破ってからの話よね? それとも今からお尻の拡張とか始めとく?」
「……気分台無しだ」
「どういうこと? アンタまさか、アナルセックスしたくないの?」
 怒り顔のハルヒに詰め寄られ、俺はその場で頭を抱え込んだ。
   ★★★
 喫茶店の感じが良かろうが悪かろうが、ハルヒ相手に下ネタ以外の話題は有り得ない。そんなことを再認識させられながら約二時間が過ぎた頃、テーブルを挟んで俺と相対している痴女は唐突に切り出した。
「ショートカットでもいい?」
 直前まで話していたのはお互いの希望する性的行為の種別についてだ。俺がシックスナインと言えばハルヒは四十八手の岩清水と語り、まんぐり返しと告げればちんぐり返しと述べてくる。外見はともかく性格的には最適な組み合わせかもしれないと思いつつ言葉を遣り取りしていただけで、どうして突然そんなことを問い掛けてきたのか俺には見当も付かなかった。
「……それってあれか? 髪型の話か?」
「そうよ。何で?」
「いや、パソコン絡みでも使う言葉だしよ、単に近道って意味もあんだろ。一応は確認しとこうと思ってな」
「ふうん。で、切っちゃってもいい? アンタが長い髪が好きだって言うならこのままにしとくけど、セックスの時とかに邪魔になると思うのよ。もう腰の辺りまで伸びちゃってるし」
 俺は苦笑しながら考え込んだ。ハルヒの思考の主体が性行為である以上、その為ならば坊主頭にすることすら厭わないだろう。もちろんそこまでさせるつもりはないが、確かに邪魔になりそうな長さではある。と言っても、俺の一番好きな髪型はポニーテールであり、艶のある綺麗な黒髪を切らせてしまうのは些か惜しい気がしないでもない。
「どの辺まで切るつもりだ?」
「後ろは肩の辺りで揃えて、前と横はカチューシャで纏めとこうかなって。黄色いリボンの付いたカチューシャでね、割りと気に入ってんのがあんのよ」
 言われた通りの姿を脳裏に浮かべてみる。ポニーテールに負けず劣らず、それは行動力のあるハルヒに相応しいように思えた。時間が経てば髪は伸びるのだし、一度ショートカットにさせてみるのも悪くはなさそうだ。
「まあ、短い髪も似合いそうだしな。いいぞ、切っちまっても」
「ん、判った。じゃあ、今晩にでもお店に行ってくるわね。その前に予約入れとかなきゃ」
 そう言ってハルヒは鞄の中から銀色の携帯電話を取り出した。そんな光景は今迄見る機会がなかったが、かなり慣れた手付きで操作している。常に持ち歩いてはいるものの、使用する機会の殆どない俺とは雲泥の差だ。
「――はい、判りました。それでは宜しくお願いします」
 短い通話を終えるとハルヒは携帯を鞄の中に戻し、そのままの姿勢で俺に向かって眉根を寄せた。
「何で驚いた顔してんのよ?」
「……いや、お前、敬語も使えんだな」
「当たり前じゃない。必要な時にはちゃんとそうするわよ。人を何だと思ってんの?」
「そんな怒んな。ここは奢ってやるからよ」
 俺はそう言いながらテーブルの上の伝票ボードを手に取り、制服の上着の内ポケットから財布を取り出した。
   ★★★
 喫茶店を出た後でハルヒは件のアダルトショップへ寄りたがり、共に制服姿であることを理由に俺はそれを宥めた。手間の掛かる女だが、その裸身を見せて貰ったこともあり、あまり強く叱る気にはなれない。尤も、厳しく注意したところで対して効果はないだろう。現在の主導権は七割方ハルヒに有り、俺の立ち位置は恋人と言うよりも従者に近い。破瓜の時を迎えた後でハルヒの性格が多少なりとも反転することを願いつつ、今は若干の煩わしさに耐えるしかない。
 と言っても、面倒ばかりという訳でもない。例え考え方に違いがあってもハルヒが彼女らしく振る舞おうとしていることは理解出来るし、俺にだけ向けてくる笑顔は愛しく、優越感を与えてもくれる。勝ち気な性格も大胆な行動も赤裸々な言葉も当人特有のものであり、どれか一つが欠けていたりしたら未来の性交相手という地位を得ることなど出来なかったかもしれないと思えば、些細なことで腹を立てるどころか、感謝の言葉を告げたくもなってくる。
 はっきり言おう。俺は付き合い始めた初日からハルヒに対して深い愛情を抱き始めていた。それは決して性欲だけに基づくものではなく、仮に相手が初体験を怖がるなら覚悟が決まるまでその身体に触れないでおこうと思える程の、俺的には純粋な感情だった。
 まあ、恐らくハルヒが性的行為を拒否することはないだろうし、実際にその場になって拒絶されたら勢いに任せて襲ってしまうかもしれないんだが。
 そんな訳で、駅前でハルヒと別れる際には俺は寂しさと空虚さに襲われていた。ハルヒは黙り込んでしまった俺の瞳をじっと見つめた後、静かに笑って人目も憚らずに抱き付いてきた。背中を擦ってくれてから片手を俺の頬に添え、目を閉じてゆっくりと顔を近付けてくる。そして唇と唇とが重なり合う瞬間、ハルヒは小さくか細い声で囁いた。
「お昼にアンタのオチンチンちょっと舐めちゃったけど、一応これがあたしのファーストキスだからね?」
 言い終えると同時に触れてきた口唇は滑らかで温かく、胸に当たる乳房の柔らかな感触や濃密で甘い体臭と共に俺を陶酔させていった。そのままの状態でどれ程の時間が過ぎたのかは判らない。我に返った時には、俺はハルヒの身体を強く抱き締め返し、息継ぎの為に唇を離しては再び重ね合わせていた。何度も口付けを繰り返しながら互いに少しずつ上唇と下唇を開き、どちらともなく舌を絡めて唾液を混じり合わせていく。
「あむっ……んちゅっ……ぷはぁ、ちょっとキョン、そろそろ帰らないとあたし予約の時間ぶむっ……もごっ……むぐっ……はぷっ……ろれっ……」
 帰したくないという想いと初めてのディープキスの心地良さに抗えず、俺は周囲の眼差しを感じながらもハルヒの言葉を二度、三度と遮っていった。その度にハルヒは仕方なさそうに応じ、それでいて次第に激しく舌を絡み付けてくる。そんな俺たち二人の振る舞いは、やがてハルヒが小さな声を上げてその場にへたり込むまで続いた。
   ★★★
 翌日、ハルヒは学校を休んだ。担任の岡部の話では風邪とのことだった。が、昼休みに俺の携帯に掛かってきた当人からの電話によると、昨夕駅前にて絶頂を迎えてから髪を切りに行った後、自宅での自慰の際に初めて乳首と淫核に触れ、更には精液塗れのハンカチを嗅いだところ、予想以上の快感を覚えて結局朝までし続けていたらしい。流石と言うか何と言うか、あまりの馬鹿馬鹿しさにその身を案じていた自分が情けなくなる。ある種の病気には違いないが、もう少し抑制できないものか。
『アンタはオナニーしなかったの? あんだけキスしてたら精子も溜まったでしょ? 勃起したオチンチン、あたしに押し付けて来てたじゃないの』
「いや、まあ、したけどよ」
『いつ? 何回?』
「……夜から明け方に掛けて、その、七回」
『あたしとあんま変わんないじゃない』
「まあ、そうかもな。でも俺は学校に来てるぞ?」
『でもアンタ、あたしの匂いまだ覚えてないでしょ? あたしはもう覚えたわよ。ついでに味もね』
「舐めたのかよ?」
『まあね。もう乾いちゃってたけど少し苦かったわ。けど、あれなら飲めそう。残る問題は実際の量と喉越しね』
 俺は思わず手の中の機器を顔の前へと移動させ、スピーカー部をじっと見つめた。通話の相手が好奇心旺盛なのは承知しているが、返す言葉が見つからない。
『……れで……っと……いが……』
 視線の先から小さく遠い声が漏れていることに気付き、慌てて携帯を元の位置へと戻す。
「あ? 何だって?」
『だから、アンタとのセックスについて、ちょっとお願いがあんのよ』
「何だよ? やっぱ止めようってか?」
『そうじゃないんだけど、昨日アンタ言ってたじゃない、急ぐ必要はないって。でね、考えてみたら今の内にしか出来ないことってあるでしょ? 処女膜破らないように指で触って貰うとか、そこに精液掛けて貰うとか。セックスの経験もないのにお尻に指とかアナルスティック入れられちゃうっていうのも割りと楽しそうだし。だから、色々と試してからにしない? もちろんフェラとか足コキとか素股とかならいつでも構わないし、アンタがどうしてもって言うなら、すぐにオチンチン入れちゃってもいいけど……』
 ハルヒは僅かに言い淀んだ後に沈黙した。どことなく気後れしている印象がある。半ば性交を餌にして付き合い始めたということもあり、発言の身勝手さについて充分に認識しているのだろう。しかし、その提案自体は別段悪い話ではない。処女のまま性感を開発することも、即座に破瓜の時を迎えさせることも自由に出来ると言うことに加え、口や足や股間部での奉仕も約束してきている。要約すれば全ては俺次第ということであり、断わる理由など何もない。
「……判った。いいぞ、それで。元々言い出したのは俺だしな」
『ん、あんがと』
「でもよ、中に掛けたりすんのは却下だな。下手したら危ねえだろ? その、子供とか」
『妊娠するかもってこと? 別にいいわよ? あたし、先々アンタと結婚するつもりだし』
 唐突なハルヒの物言いに、俺は携帯を床へと落としそうになった。辛うじて空中で掴んだものの、身体のバランスを崩して教室前の廊下に片膝を付き、そのままの姿勢で問い掛ける。
「なっ? 何っ?」
『言ったじゃない、セックスする相手は生涯一人だけにしたいって。だから、そういった覚悟は出来てるってこと。法律上無理だけど、付き合うのを決めた時点でアンタとの婚姻届を出したかったくらいよ』
「ちょっ? おまっ、いきなり過ぎんだろうがっ」
『何よ、男からしたら喜ぶべきとこでしょ? いつ妊娠しても構わないって言ってんのよ? 好きな時に好きなだけ中出し出来んのよ? 子供が出来たら私生児として産んで、アンタが十八になってから籍入れれば済むことじゃない。仮にそのことで退学になったって、高認試験に受かれば大学は受験出来るし』
「いや、まあ、そうかもしんねえけど……」
『言っとくけど逃がさないわよ? アンタ昨日、あんだけ人がいる前であたしのことイかせたんだからね? ちゃんと責任取りなさい』
   ★★★
 ハルヒとの通話を終えた頃には、俺は精神的に疲労し切っていた。廊下の壁に背中を預け、そのままズルズルと座り込む。
 結婚という言葉に魅力を感じない訳ではない。相手がハルヒなら歓迎したいところだ。避妊せずに性交が出来るならそうしたいとも思う。しかし、俺はまだ十五歳の高校生だ。親からの小遣い以外に収入もない状態で妻や子を養うことなど出来る筈もない。
「……まあ、暫くは心配する必要もねえか」
 法律上、結婚が許されるのは男が十八歳以上、女が十六歳以上だ。恐らくハルヒもまだ十五歳だろうし、仮に十六歳であったとしても、俺が婚姻適齢に達していない以上、勝手な行いは不可能と言える。未成年者同士の成婚には互いの保護者の同意も必要であり、気が付いたら入籍させられていた、なんて事態に陥ることもないだろう。ならば、当面注意すべき点は避妊についてのみだ。面倒でも毎回心懸け、妊娠さえ回避出来れば、後に続く私生児の出産だの退学だのといったイベントが発生することもない。責任を取れというハルヒの言葉を無視するつもりなど毛頭ないが、将来については十八歳になってから考えてもいい話だ。その頃まだハルヒが傍にいてくれて、結婚してもいいと思える程の愛情を抱いていたならば、前向きに再考してやりたいとは思う。
 浅く息を吐いてから導き出した結論に小さく首肯し、ゆっくりと立ち上がる。その場で振り向いて尻と背中に付いた埃を軽く払っていると、聞き覚えのある声がした。
「悩み事は解決したの?」
 正面に顔を戻すと朝倉が立っていた。温和な笑みを浮かべつつ、穏やかな眼差しを送ってくる。
「見てたのか?」
「少し前からね。座り込んで難しい顔してたから、どうしたのかなって」
「そっか。まあ、言われた通りの悩み事だ。ちょっと自分の気持ちの整理をな」
「もしかして涼宮さんのこと? 良かったら相談相手になるわよ?」
「そう言ってくれるのは有り難いけどよ、他人に話すようなことでもねえしな」
 適度に謝意を込めてそう告げると、朝倉は微かに目を伏せた。
「……残念。でも、その気になったらいつでも声を掛けてね。あたし、涼宮さんには凄く興味があるの」
 出来れば俺の方に関心を示して欲しいところだが、あまり多くを望むと運命という名の創造主から手痛いしっぺ返しを喰らいそうだ。
「アイツ、お前にはいつも威圧的な態度じゃねえか。どこが気に入ったんだ?」
 曖昧な笑顔を返しながら尋ねてみる。
「そうね、特別なところかな」
「特別? 性格の話か?」
「その内、貴方にも判るわ。きっとね」
 朝倉はそう言って口の端を僅かに歪め、少しだけ冷めた目付きになった。
   ★★★
 翌朝、ハルヒは脳裏に思い描いた通りのショートヘアで登校するなり、自席に座っていた俺の手を強引に掴んで歩き出した。教室を出て廊下を進んで階段を上り、屋上へと出るドアの前で停止する。
「何だよ? んなとこ連れてきてどうするつもりだ? つうか、その髪型いいな。すげえ似合ってる」
「ん、あんがと。で、早速本題に入るけど、昨日の夜、いいこと思い付いたのよ」
「いいこと?」
「そう。アンタの為になることよ」
 一抹の不安が頭の中をよぎったが、ハルヒは得意満面な顔だ。ここは話だけでも聞いてやるべきか。
「……取り敢えず話してみろよ」
「何でそんな偉そうなの? まあ、いいわ。あのね、アンタ、ハーレム作りたいって言ってたでしょ? だったら適当な部を一つ乗っ取っちゃうのが手っ取り早いってことに気付いたの。なるべく部員が少なくて顧問の教師が寄り付かないようなとこ選んで二人で入部して、元からいた生徒は強制的に辞めさせちゃえば部室が手に入るじゃない。後はあたしが何人か相手を見繕ってくるから、裸にするなり犯すなりして写真撮って脅して、新たな部員として入部させればハーレム完成って訳。なかなかいいアイデアだと思わない?」
「……お前、俺にレイプしろってのか?」
「あたしも手伝うからいいじゃない。二人掛かりならどうにかなるわよ。徐々に人数も増えてくだろうし」
「いや、そういう問題じゃねえだろが。犯罪だぞ? 大体、そんな都合のいい部があるかどうかも判んねえだろ?」
 俺がそう言うとハルヒは眉間に皺を寄せた。考え込んでいると言うよりも、何かを思い出そうとしているような表情だ。
「……文芸部には女の子一人しかいなかったような気がするわ。大人しそうだったし、結構可愛かったし、あの子なら追い出さずにハーレムに加えちゃってもいいかも。そうなると後は顧問の件ね」
「ちょっ、マジで言ってんのかよ?」
「当たり前でしょ。だから今日は休み時間毎に席外すわね。色々と調べる必要があるから。悪いけどお弁当も作って来なかったから、いつも通り自分のを食べてて」
「席外すのも弁当のことも別に構わねえけどよ、それより何より考え直せ。色々と無理があんだろ?」
「大丈夫、あたしに全部任せなさい」
 ハルヒは胸を張って仁王立ちになり、両手を自らの腰に当てた。威風堂々としたポーズは性格的にも相応しいものに思えたが、だからといって抱いた不安が消える訳でもない。
「なあ、ハルヒ。頼むから止めてくれ。他の方法考えようぜ」
 そう言葉を掛けるとハルヒは目を丸くし、次いで朗らかに微笑み掛けてきた。
「やっと名前で呼んでくれたわね。感謝の気持ちは確かに受け取ったわ」
 無意識に口にしたとは言え、火に油を注いでしまった結果に、俺は軽い目眩を覚えた。
   ★★★
 終業を知らせるチャイムが鳴るや否やハルヒは俺のブレザーの袖を万力のような力で握り締め、拉致同然に教室から引き摺りだして早足で歩き出した。いつものことながら事前に何の予告もなく、俺は鞄を教室に置き去りにしないようにするのが精一杯だった。
「おいっ、どこ行くんだよっ?」
「文化部の部室棟、通称旧館」
 前方の生徒達を蹴散らす勢いで歩みを進めつつ、ハルヒは俺の疑問に淡々と答え、その後は沈黙を守り通した。渡り廊下を通って一階まで下り、一旦外に出てから別校舎に入って階段を上り、薄暗い廊下の半ばで立ち止まる。
「今日からここがあたし達の部室よ。もうアンタの分の入部届けも出しておいたから」
 目の前にあるドアには「文芸部」と書かれたプレートが斜めに傾いで貼り付けられている。ハルヒはノックもせずにドアノブを回して扉を開き、俺の手を引いて遠慮も何もなく中へと入って行った。
 室内は意外に広いものの、長テーブルとパイプ椅子、それにスチール製の本棚といった備品しか置かれていない。天井や壁には年代を思わせる亀裂が二、三本走っており、建物自体の老朽化を如実に物語っている。右手の奥にもう一枚扉があるところを見ると、廊下へ出ることなく隣室への行き来が可能ということだろう。その反対側の片隅では、眼鏡を掛けたボブカット風ショートヘアの少女がパイプ椅子に腰掛けて文庫本を読んでいる。
「文芸部は今年の春に三年生が卒業して部員がいなくなっちゃって、新たに誰かが入部しないと休部が決定していた唯一のクラブだったそうよ。で、この子がたった一人の新入部員。あたしたちと同じ一年生で六組の子よ」
 見知らぬ少女はハルヒの言葉を受けて顔を上げ、眼鏡のテンプルを指でそっと押さえながら平坦な声で呟いた。
「長門有希」
 口にしたのは恐らく自身の名前だろうが、レンズの奥から覗く闇色の瞳からも、撫子色の唇からも、表情が全く読み取れない。ハルヒの見慣れた無表情とは違い、最初から何の感情も持ち合わせていないかのようだ。とは言え、その顔立ちは整っており、白く透き通った肌や細身の身体と相まって人形めいた雰囲気を醸し出している。神秘的な印象と言えばいいのか存在感が希薄と言えばいいのか少しばかり悩むところだが、美少女には違いない。
「でね、昼休みに事情を話したら、この部屋を好きに使っていい上に、ハーレムにも入ってくれるって。つまり、アンタとセックスしても構わないそうよ。まだ処女でオナニーの経験もないらしいから、あたしに対する以上に優しくしてやんなさい」
「なっ? んな都合のいい話がある訳ねえだろがっ」
 ハルヒの言葉に狼狽しながら俺がそう言うと、当の長門が再び小さく口を開いた。
「ある」
「いや、ちょっと待ってくれ。長門さんなぁ、ハルヒとは体育の時に何度も顔を合わせてるだろうけど、俺とは話なんかしたことねえだろ? んな相手に色々されちまっても平気なのかよ?」
「貴方になら構わない」
「んなこと言ったって、俺のこと全然知らねえだろが」
「これから覚える」
 長門は抑揚のない口調でそう答えると、手にしていた文庫本をテーブルの上に置き、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
   ★★★
 その後の長門の扱いには手を焼かされた。静かに歩み寄って予告もなく俺に抱き付き、痛みを与えないように注意しながら華奢な身体を引き剥がして物事には順序があると諭すと、臆することなくその場で脱衣を始めてしまう。セーラー服の上に着込んでいた薄手のカーディガンを脱ぎ終えた時点でどうにかそれも中断させたのだが、意思の疎通を図る為には禅問答のような対話を続ける必要があった。
 ハルヒはその様子を途中まで笑って見ていた後、当座のハーレム人員をもう一人連れてくると告げて部屋から元気に出て行った。その間に俺と長門が何をしようが構わないということだろうが、少しくらいは嫉妬心を抱いて欲しいものだ。
 そんな内心の不満を隠しつつ、俺は眼前の無口美少女に向かって辛抱強く語り掛け続けた。例え返ってくるのが素っ気なく短い言葉でも、顔色が読めない以上は他に本心を探る手段がない。
「だからな、お前の気持ちは判ったから、勝手に脱いだりとかしねえでくれ」
「貴方の指示待ち」
「まあ、そう言うことだな。でもよ、ハーレムに入るってことは、お前のこと好きにしちまうってことだぞ? ほんとにいいのかよ?」
「いい」
 即座に応答されて俺は苦笑し、少し言葉を変えることにした。当たり障りのないように話をしていたが、もっと露骨な表現を使えば覚悟の程も判るだろう。
「お前が嫌がるようなことしちまうかもしんねえんだぞ? ザーメン飲ませたり、チンポをケツ穴にぶち込んだり、マンコ丸出しで外を散歩させたりとかよ。縛り上げて小便浴びせるかもしんねえし」
 俺がそう言うと長門は両の目蓋を閉じた。淫語の羅列に気分を悪くしたのかと思ったが、程なくして目を開け、それまでと同じ口調で述べてくる。
「どうぞ」
「どうぞったって、今、目を閉じたろ? ほんとは嫌なんじゃねえのか? 正直に言ってくれていいんだぞ? もしもハルヒに脅されてんだったら、俺から注意してやっから」
「用いられた俗語の意味を把握しただけ。否定の意味ではない」
「あ?」
「誰からも強要されてはいない」
「……ならいいけどよ」
「貴方の希望する行為は全て受け入れる」
 返答の一部はよく判らなかったが、ここまで言ってくる以上は性交相手として迎え入れる他になさそうだ。幸い好みの容姿ではあることだし、ハルヒ同様に難がありそうな性格も身体を重ねていけば多少は矯正可能だろう。
「んじゃ、今後は好きな時に触ったり触らせたり、チンポ突っ込んだりすっからな? いいんだな?」
「もちろん」
「けどよ、だからってすぐにどうこうするつもりはねえからよ。取り敢えず今日は適当に好きなことでもしててくれ。エロ以外のことをな」
「そう」
 長門は小さく呟いて踵を返し、元の椅子に腰を下ろして文庫本へと手を伸ばした。
   ★★★
 読書を再開した長門の俯き顔を一時眺め、壁に立て掛けられていた折り畳み式のパイプ椅子を開いて腰を下ろした瞬間、蹴り飛ばされたかのように入り口のドアが開き、出掛けていたハルヒが戻ってきた。
「ごめんごめん! 遅くなっちゃった! 捕まえるのに手間取っちゃって!」
 そう言いながら片手を頭の上にかざし、もう一方の手で見知らぬ少女の腕を掴んだままズカズカと部室に入ってくる。恐らく無理矢理連れて来られたであろう少女はハルヒや長門に負けず劣らずの美貌の持ち主だったが、不安気に全身を震わせていた。
「何なんですかぁ? ここ何処ですかぁ? 何でわたし連れてこられたんですかぁ?」
「黙んなさい。死にたいの?」
 低く押し殺した声を浴びせられ、少女は身体を硬直させた後、気の毒なことに半泣き状態になった。それでもハルヒは別段意に介した風もなく、片手でガチャリと扉に鍵を掛け、少女の背後に回って俺の前へと押し出してくる。
「キョン、紹介するわ。二年二組の朝比奈みくるちゃんよ」
「……上級生じゃねえか。どっから拉致して来たんだよ?」
「自分の教室でぼんやりしているところを捕まえたの。あたし、一昨日までは休み時間の度に校舎の中を隅々まで歩いてたから、何回か見掛けて覚えてたって訳。どう? これだけ可愛ければ年上だろうと何だろうと構わないでしょ? 加えるのに文句ないわよね?」
 その言葉に思わず俺は朝比奈さんを凝視した。、小学生と間違ってしまいそうな程に小柄で童顔であり、子犬のようにこちらを見上げる潤んだ瞳は愛らしく、腰の辺りまで伸びた栗色の髪は緩やかに波打っている。勝ち気なハルヒや無口な長門とは違った物腰の柔らかな印象の美少女で、怯えた素振りから被虐的な資質が伺えることもあり、確かに性交相手の一人として傍に置いておきたいところだ。
「けどよ、どう見たって本人が嫌がってんじゃねえか」
「そんなの大した問題じゃないわ。それより見てよ、これ」
ハルヒは自慢気に微笑みながら朝比奈さんに後ろから抱き付き、その胸をセーラー服の上から鷲掴みにして激しく揉み上げた。
「どひぇええ!」
 いきなりのことに驚いたのだろう、途端にそれまで黙っていた朝比奈さんの口から少々間抜けな声が漏れ出してくる。
「小っこいくせに、ほら、あたしよりおっぱい大っきいのよ? ロリ顔なのに巨乳なんてレアじゃない? あたしが男だったら誘拐して無理矢理ハメ撮りしまくってるとこよ」
「わひゃああ!」
「そう考えたら何かちょっと腹が立ってきたわ。こんな可愛らしい顔して、あたしより大っきいなんて!」
 ハルヒはそう言って朝比奈さんの制服の裾から中へと片手を差し入れた。どうやら乳房を直に愛撫するつもりのようだ。同時にもう片方の手をスカートの中に潜り込ませてもいる。
「たたたす助けてえ!」
「口ではそんなこと言ってても、もうこんなに乳首勃起させてるじゃない。ほんとは気持ちいいんでしょ? こういうのはどう?」
「んっ……嫌ですぅ……あっ……それ嫌ぁ……はうっ……止めて下さぁい……くぅ……止めてぇ……」
「甘い声出しちゃって、かなり感度がいいみたいね。クリトリスも直接触ってあげる。ほら、こうやって摘んで擦るの気持ちいいでしょ? あたしなんかもう病み付きなんだから」
「あんっ……ダメですぅ……はうっ……そこはダメぇ……ひあっ……助けてぇ……」
 必死に抗おうとしながらも組み付いたハルヒから逃れられず、次第に喘ぎを深めつつある朝比奈さんを眺めているのは楽しいが、このまま放置しておくのも可哀想だ。どうしたものかと考えながら長門の方を向くと、驚くべきことに顔を上げることもなく手にした本を読み耽っている。適当に好きなことをしているようにと指示したのは俺自身だが、少しくらいは周囲に気を配ってくれてもいいのではないだろうか。
 止むなく俺は椅子に座ったままハルヒに声を掛けることにした。特に長門の助けを期待していたということもないが、黙っていても事態が好転する見込みがない以上、この場は自分でどうにかするしかない。
「ハルヒ、もうそれくらいにしとけ。嫌がる相手を無理して加える必要もねえだろ? お前と長門がいれば今んとこは充分だ」
「ちょっと待ってて。結構濡れてきてるし、後々の為にもこのまま何度かイかせちゃうから」
 平然とした口調でそう言うと、傍目にも判る程にハルヒは手の動きを容赦のないものに変えていった。
「ふはあっ……止めてえっ……んふうっ……止めて下さいいっ……へはあっ……そこ嫌々あっ……あひうっ……もう許してえっ……」
   ★★★
 強引に果てさせられた直後に朝比奈さんは本気で泣き始めたが、ハルヒはその場に立たせたまま肉体を責め続け、繰り返し恍惚の頂点へと導いていった。性的な悦びは恥ずかしいことではないと耳元で囁いて精神を揺さ振りながら、合間に執拗な尋問をも始め、現在は書道部に入部していること、性交の経験はなく処女であること、異性との交際や自慰等についても未経験であることを言葉巧みに聞き出していく。その恐るべき手腕を前にして俺は行為を中断させることを諦め、黙って事の成り行きを見守ることにした。
「ねえ、みくるちゃん? もっと気持ち良くなりたくない? あなただってセックスに興味にあるでしょ? オチンチンで気持ち良くなってみたいと思うわよね?」
「んはあっ……そこそんな風にされたらあっ……くふうっ……わたしまた身体がおかしくうっ……」
「それはおかしいって言わないの。気持ちいいって言うのよ。ほら、言ってみなさい」
「ひはあっ……きっ、気持ちいいですうっ……あふうっ……気持ちいいいっ……」
 既に朝比奈さんは涙を薄れさせ、一切の抵抗を止めてハルヒに身を任せて始めている。力なく下ろされた腕や僅かに開いた両脚を微かに引き攣らせているばかりでなく、時折喘ぎ声と共に腰を大きく前に突き出してくる仕草が艶めかしい。
 再度確認してみたところ、長門は室内での痴態に相変わらず興味を示すことなく、機械的な動きで文庫本の頁を繰っているのみだった。無関心にも程がある。ある意味ハルヒより恐ろしい相手だ。
「いい子ね。でも、オチンチン入れるともっと気持ち良くなれるらしいわよ? 興味あるでしょ?」
「はひあっ……それはそのおっ……ふひうっ……少しはありますけどおっ……くはあっ……そこ指入れちゃダメですうっ……」
「安心して。優しくしてあげるから。ここ強く触ると痛いものね。でね、これをキョンのオチンチンで破られるのと、その辺の適当な物で破られるのと、どっちがいい?」
「ふひあっ……でもそれはあっ……んあうっ……そこまではあっ……」
 蹂躙されて続けているとは言え、流石に性交まで受け入れる気にはなれないのだろう。朝比奈さんは背後の痴女から逃れようと再び藻掻き始めた。だが、更に激しく愛撫を与えることにより、ハルヒは呆気なくそれを制していく。
「言いたくないなら別に構わないわよ? モップとか懐中電灯とか勝手に突っ込んじゃうだけだから。入れっ放しのまま記念撮影もしてあげる」
「うくはあっ……そんなの嫌ですうっ……あふひうっ……許して下さぁいっ……」
「だったら自分で選んで答えなさい。ほらっ、どっちがいいのっ?」
「かふはあっ……オチンチンでえっ……んひはあっ……オチンチンでお願いしますうっ……」
 ハルヒの凄味のある問い掛けを受け、朝比奈さんは入室後、一時間半で陥落した。
   ★★★
 褒美と称してハルヒが朝比奈さんに五度目の絶頂を迎えさせ、余韻に浸る様子を携帯で動画に納め、文芸部への転部と絶対服従を言い渡して誓約書を作成させ終えた時には、時刻は十八時を優に回っていた。解放されてからの朝比奈さんは見ていて痛ましい程に深く落ち込んでいたが、書き終えた書面をハルヒに差し出す段になってやっと長門の存在に気付いたようで、大きく目を見開いてから溜息のような声で呟いた。
「……そっかぁ」
 何に納得したのかは知らないが、それからは幾分気力を取り戻した様子で、ハルヒからハーレムについての説明を受けても従順に頷き、特に加入を拒む素振りはない。元凶の一部を担っている俺に対しても嫌悪を感じさせない笑みを向け、真っ赤になりながらか細い声を掛けてくる。
「不束者ですが、宜しくお願いします。なるべく、その、痛くしないで下さい」
「良かったわね、キョン。これで処女が三人よ。で、あと何人いればいいの?」
 後に続いたハルヒの言葉に俺は苦笑した。放っておくと校内の女生徒全員を目の前に並べられてしまいそうだ。それはそれで楽しいだろうが、俺の体力には限界がある上に、色々と問題になり兼ねない。
「いや、取り敢えずもういい。つうか、何でそんなに協力的なんだよ?」
「同性の相談相手が欲しかったって言ったでしょ? でも相手が普通の性欲の持ち主じゃ何の参考にもならないし、かといってあたし以外のニンフォマニアも見つからないしね。だったら育成すればいいってことに気付いたのよ」
「……つまり、お前は長門と朝比奈さんを自分と同じレベルまで引き上げるつもりか?」
「そうよ。アンタは相手が増えて、あたしは仲間が増えて、お互いに都合がいいじゃないの」
 言われてみれば確かにその通りだが、体裁良く利用されている気がする。
「けど、俺は相手の性欲のレベル上げなんて特に考えてもなかったしよ。おい、長門。お前はどうなんだ? それでいいのか?」
 そう声を掛けると長門はゆっくりと顔を上げ、ハルヒと朝比奈さんを一瞥してから俺へと視線を戻した。
「構わない」
 それまで読書に耽っていたので概要を伝える必要があるかと思っていたのだが、俺とハルヒの会話を聞いてはいたらしい。となれば、朝比奈さんの淫声も耳に届いていた筈であり、それでいて目を奪われることなく手にした本へと意識を向けていた点を、果たして注意すべきか、それとも褒め称えるべきか。
「有希には最初からそのことも話してあるもの」
「いや、話してあるっつったってよ」
「何のお話ですか?」
 ハルヒに対する俺の発言に朝比奈さんが返してくる。
「つまり、ハルヒは長門と朝比奈さんを、何て言うか、異常な性欲の持ち主にするつもりだってことです。具体的に何するつもりかは知りませんけど」
「元々ハーレム欲しがってたのはアンタでしょ? あたしはそれをちょっと活用させて貰うだけじゃない。具体的にって言ったって、アンタが四六時中オチンチン突っ込んどけばいいだけの話だし」
「四六時中って、お前なぁ」
「わたしは、その、このメンバーでっていうことなら、痛くさえなければ……」
 朝比奈さんは怖ず怖ずとそう言って、恥ずかしそうに俯いた。何故に現状を受け入れる気になっているのか見当も付かない。メンバーと口にしてきたのも不自然だ。乱交を希望しているような気配はなく、性格に問題があるようにも見えないが、早急に結論を出さない方がいいだろう。
「じゃあ決まりね。今後、アンタは有希とみくるちゃんに対しては調教のつもりで挑むこと。けど、それぞれの処女膜を破ってからでいいわ。それまでは普通に接してて構わないから。いいわね?」
 当ハーレムの絶対的権力者が自分ではないことに落胆しつつ、俺はハルヒに向かってぎこちなく頷いた。
   ★★★
「今んとこ相手を増やす必要がないんだったら、次にすべきことは部屋の模様替えね。コスプレ衣装なんかも用意しておきたいし、テレビや冷蔵庫、それにパソコンなんかも欲しいところね」
 パイプ椅子に腰を下ろして踏ん反り返りながら、ハルヒはそう言って部屋の彼方此方に視線を向けた。最終下校時刻の十九時が迫って来ているというのに、まだ何かするつもりでいるらしい。と言っても、部においては二十時までの活動が認められている筈だ。事前に申請書を提出しておけば校内に泊まり込むことも出来ると、ホームルームの時に岡部が言っていたように思う。そういった利点を考えてみれば、部活を乗っ取ってハーレムを作るというハルヒの発想は良案だったと認めざるを得ない。
「何にしたって週が明けてからの話だろ? 明日は土曜日だしよ。ついでに言っとくけどな、俺はそんなに金持ってねえぞ?」
「別にお金の心配なんかしてないわ。でも、一々買い物に行くのも面倒ね」
 その言葉に俺は目を丸くした。家族や自宅について今迄ハルヒに尋ねたことはないが、もしかしたら資産家の一人娘ということもあり得る。一度確認しておいた方がいいだろう
「なあ、ハルヒ。お前の親って何の仕事してんだ?」
「……知らない」
「あ?」
「……悪いけど、そういったことは聞かないで。その内に気が向いたらあたしから話すから」
 不機嫌な口調でそう言われ、俺は椅子に座ったまま黙り込んだ。もしかしたら家庭内に何か問題があるのかもしれない。父親の浮気やら母親の不倫やらで心を痛めているという可能性もある。いずれ当人が自分から話すと言っている以上、もうこの話題には触れない方がいいだろう。
「あの、お買い物なら土日にわたしが行ってきましょうか?」
 気まずくなった空気を和らげようと気を配ってくれたのだろう。朝比奈さんはそう言って、穏やかな笑顔を俺とハルヒに交互に向けてきた。
「ん、いいわ。その場でテレビとか持ち帰るのは無理だし、ネット通販使うから。でもそうすると、まず部屋にパソコンがあった方がいいわね。ここは現地調達かしら」
「現地調達?」
 思わず俺が復唱すると、ハルヒは気分を害している風もなく、にこやかに笑って頷いた。多少は無理もしているのだろうが、切り替えの早さが有り難い。
「キョンとみくるちゃんは付いてきて。有希はどうする? 二人いれば済むと思うから、そのまま本読んでてもいいわよ?」
 長門は一旦顔を上げ、じっとハルヒを見つめた後、再び俯きながら小声で呟いた。
「ここにいる」
「なら、留守番頼むわね。ほらキョン、行くわよ。みくるちゃんも」
 ガタンという大きな音を立てて椅子から立ち上がり、ハルヒは廊下に面したドアへと歩いて行く。慌てて俺は背中を追い、その後ろに朝比奈さんが続いた。
   ★★★
 ハルヒが俺と朝比奈さんを従えて向かった先は、二軒隣りのコンピュータ研究部だった。
「……現地調達って、まさかここでかよ?」
「まあね。スケジュールが合わなくてここだけ仮入部出来なかったんだけど、まあ、どうにかなるわよ」
 嫌な感じの笑みを浮かべた後、ハルヒはノックもせずにドアを開けて室内へと踏み込んでいく。何を言って無駄だろうと思い、俺は仕方なく追随することにした。
 部屋の中は文芸部室と変わらない広さだったが、テーブルやラック類等の備品が所狭しと並べられていた。等間隔に設置された複数のテーブルにはタワー型PC本体と液晶ディスプレイが何台も載っていて、ファンの回る低い音が室内の空気を振動させている。
「こんちわー! パソコン一式頂きに来ましたー!」
 椅子に座ってキーボードをカチャカチャと叩いていた四人の男子生徒はハルヒの言葉に身を乗り出し、当たり前のことながら揃って困惑の表情となった。
「で、部長は誰?」
「僕だけど、何の用?」
 横柄にハルヒが言い、男子生徒の一人が立ち上がって答えた。
「用なら今言ったでしょ。パソコン頂戴。特別に一台でいいわ」
 部長である名も知れぬ上級生は「何言ってんだ、こいつ」という表情で即座に首を横に振った。
「そんなこと出来る訳ないだろ? ここのパソコンはね、予算だけじゃ足りないから部員のみんなでお金を持ち寄って、漸く買ったものばかりなんだ。くれと言われてあげられる程、ウチは恵まれてないんだよ。大体、君達は誰なの?」
 どうやらハルヒの評判はここまで届いていないらしい。対応を間違えなければいいのだが。
「文芸部員よ。あたしは団長の涼宮ハルヒ。この二人はあたしの部下その一と三」
「おい、団長って何だよ? それに部下って言い方はねえだろ?」
「後で説明するからアンタは黙ってて。もう一度だけ言うわ。文芸部の名において命じます。四の五の言わずに一台寄越せ」
「だから無理だって。必要なら文芸部の部費で買えばいいじゃないか。足らなかったら自分たちでお金出し合ってさ」
 部長の言葉に俺は何度も頷いた。どう考えても正論だ。
「まあ、そう言うだろうとは思ってたわ」
 淡々とした口調で言いながらハルヒは歩を進め、右手で部長の手首をいきなり握り締めた。驚きに声を発する間も与えず、そのまま部長の手の平をぼんやりと立っていた朝比奈さんの胸へと押し付ける。
「ふぎゃあ!」
「うわっ!」
 重なり合う悲鳴と共にパシャリという音がした。見れば、何時の間にかハルヒは左手に携帯電話を持ち、間近で向かい合っている部長と朝比奈さんとに向けている。鳴り響いた機械音からして写真を撮っていることは間違いなく、部長もそのことに気付いたのだろう、慌ててハルヒの手を振り解いて後方へと飛び退り、顔を紅潮させながら大声で叫んだ。
「何をするんだっ!」
「アンタの痴漢行為はバッチリ撮らせてもらったわ。この写真を学校中にバラ撒かれたくなかったら、とっととパソコン寄越しなさい」
「そんなっ! 君が無理矢理やらせたんじゃないかっ!」
「アンタの言葉に耳を貸す人間が何人いるかしら」
「僕は無実だっ! ここにいる部員たちが証人になってくれるっ!」
 部長の発言に我に返ったのか、それまで唖然としていた残り三人の部員達は口々に肯定の意を述べ始めた。
「そうだっ! 僕達が証人だっ!」
「冤罪だっ!」
「部長は悪くないぞっ!」
 部員達の意思表明を受けてもハルヒは一向に臆することなく、逆に余裕気にニヤリと笑って声高々と言い放った。
「だったら、アンタ達全員がグルになってこの子をレイプしたって言い触らすわ。進学するつもりなら各大学の担当部署にも書面を送り付けてあげる。ネットの掲示板にスレッド立てて名前や住所の公開なんてのもいいわね。自宅の近所でビラ撒きするのも面白そう。パソコン一台の為に将来を台無しにしてもいいのね?」
 途端に部員達の顔が一斉に青ざめた。部長もその場に力なく座り込んでいる。最早雌雄は決したと言ってもいいだろう。
「で、どうなの? 寄越すの? 寄越さないの?」
「……どれでも好きなのを持って行ってくれ」
「部長っ!」
「しっかりして下さいっ!」
「お気を確かにっ!」
 床に両手を突いて項垂れる部長の元に他の部員たちが駆け寄っていく。感動的な光景ではあるが、それ以前に同情を禁じ得ない。そんな四人に追い打ちを掛けるが如く、ハルヒは冷徹な声で問い掛けた。
「最新機種はどれ? 正直に言いなさい」
   ★★★
 ハルヒの要求は留まることを知らず、最新式のパソコン一式だけでなくプリンターや無線LANルーター等の周辺機器までも文芸部室に運ばせた挙げ句、即座に使用出来るようにその場で配線し直すように求め、更には学校のドメインからインターネットに接続可能となるように各種の設定までも申し付けた。もちろん、その全てを行ったのは放心状態の部長を含むコンピュータ研究部員達で、俺は慰めの言葉を掛けることも出来ずに脇で見ていただけだ。ついでに言うなら朝比奈さんは異性に胸を触られたにも関わらず何やら考え込んでおり、長門は黙々と文庫本を読み進めていた。
「じゃあ、僕達はこれで……」
 そう言って疲れ果てた様子の部長を先頭に四人の男子生徒たちが部室から出て行ったのは二十時を過ぎてからで、ハルヒはその背中を見送ることもなく腕を組んで満足気に呟いた。
「この時間になっても現われないところを見ると、噂の通りね。なかなかいい部じゃない」
「何の話だよ?」
「この部の顧問よ。色々聞いて回ったら、いるにはいるけど部室には全く寄り付かないって話だったから。有希もまだ会ったことがないそうよ」
「ほんとかよ? やる気なさ過ぎだろうが」
「その方が都合がいいじゃない。でも一応はドアの鍵を近い内に取り替えて、勝手に入れないようにしとかなきゃね」
 俺はハルヒの言葉を聞きつつ自分の鞄を手に取った。このままズルズルと話し込んでいたら学校の許可なく泊まり込むことになってしまいそうだ。そろそろ率先して帰宅を促してもいいだろう。
「まあ、そういったことはお前に任せるからよ。腹も減ったし、もう帰ろうぜ」
「そうね。後のことは明日の午後にしましょ」
 その発言に俺は顔を顰めた。
「おい、明日は土曜日だぞ? 学校は休みだろうが」
「そんなこと知ってるわよ。でも土日でも祝日でも部活は認められてるじゃない。だから明日は午後一時にここに集合して部屋の片付けすんの。アンタだって早くハーレムを楽しみたいでしょ?」
「いや、まあ、確かにそうだけどよ。何もゴールデンウィークの初日から学校に来なくったっていいだろ? せめて明日はデートとかにしようぜ」
 俺がそう言うとハルヒは一旦瞳を輝かせた後、思い直したように首を横に振った。
「矢っ張りダメ。確かにラブホテルもいいけど、この先も学校で過ごす時間は長いんだから。まずは基本的な環境を整えておかないと」
「俺はラブホに行くなんて一言も言ってねえぞ」
「とにかく明日は一時に集合。これは決定よ」
   ★★★
「そう言えば、団長とか言ってたよな? どういうことだ?」
 昇降口を出て校門へと向かう道すがら、俺は隣を歩くハルヒにそう尋ねた。数メートル後ろでは長門と朝比奈さんが共に微妙な距離を取りながら会話もなく足を運ばせている。かなり離れているとは言え、男一人に女三人という組み合わせは注目の的になりそうだが、月明かりに照らされた校舎や校庭に他の生徒達の姿は見えない。それでもハルヒの表情が読み取れる程度の光量があるのは幸いだ。幾らかは事前に危険を察知することが出来る。
「みくるちゃんに色々と説明してる時に思ったのよ、セックスする為に集まったのに文芸部っていうのも何か変かなって。対外的にはそれでもいいけど、やっぱりこう、ハーレムに相応しい名前が必要じゃない? 何とか組とか、何とか団とか」
「何で組とか団なんだよ? もっと洒落た名前でもいいだろ?」
「手遅れね。もう決めちゃったもの」
 再考する素振りも見せず、ハルヒは素っ気なく言葉を返してきた。事前に何の相談もなかったことからしても、俺の意見など聞くに値しないと思っているに違いない。
「何て名前にしたんだよ?」
「アルファベットのS、O、Sに集団の団って書いてSOS団。なかなかいい名前でしょ?」
「はあ? SOSって何だ?」
「セックスを大いに楽しむ涼宮ハルヒの団ってこと。略してSOS団よ」
 ここは笑うところだろうかと真剣に悩みつつ、俺はハルヒの横顔を見つめた。何故に自分の名前を付けようなどと考えたのか全く以て理解出来ない。センスの違いと言ってしまえばそれ迄かもしれないが、可能な限り思い直して欲しいところだ。しかし、改名を求めたとしても一蹴されることは目に見えている。当人が決めたと言っている以上、諦めて受け入れるしかないだろう。
「結構判り辛かった? だったら今後は外部に対してもこっちを名乗っておくべきかしら。意味が読み取れないんだったら特に隠しておく必要もないし」
「……好きにしろ」
「じゃあそうするわ。アンタも今後は部活について誰かに問われたら、SOS団って答えなさい」
 谷口や国木田の前でその名を告げている自身の姿を想像し、俺は溜息を吐きつつ項垂れた。例え道理が通っていても太刀打ち出来る相手ではないが、何かしら言い返したいところだ。
「……お前、ほんとに俺のこと部下だと思ってんだな」 
「何言ってんの? あれはその場の勢いよ」
「けどよ、必要もねえのにコンピ研まで付き合わせたりしたじゃねえか。どうせ最初から運搬だの何だの全部あそこの連中にやらせるつもりだったんだろ? 俺が行く意味なかったろうが」
「だってそれまでのアンタ、妙に雰囲気が暗かったじゃない。有希と一緒に留守番させてたら一人で色々と考え込んで、もっと沈んじゃってたでしょ?」
 校門を抜けるまで残り十数歩という所で俺は足を止めた。ハルヒの述べた台詞を頭の中で反芻し、その気遣いに初めて気付く。
「んじゃ、お前――」
 俺の少し先を未だ歩き続けていたハルヒは振り返りつつ停止し、幾分怒ったような眼差しを向けてきた。だが、その口振りと声は優しい。
「あたしに悪いこと聞いちゃったとか、そんなこと考えて一々落ち込まなくていいの。もっと堂々としてなさい。判った?」
「……ああ」
「だったらまずは歩きなさい。ほら、行くわよ」
 正門へと向き直ったハルヒの背中を見つめて俺は口元を緩め、その横に並ぶべく再び足を踏み出した。
   ★★★
 許可なく部屋に侵入してきた小学五年生の妹に掛け布団の上からのし掛かられ、目覚めと共に呻き声を上げたのは午前十一時を何分か過ぎた頃だった。布団から両腕を出して圧迫物を取り除き、そのままベッドの上で半身を起こす。夜中まで身悶える朝比奈さんの声と姿を思い返しては陰茎を扱き続けていたのだが、然程身体に疲れは残っていないようだ。
「キョンくん起きた? お母さんがいい加減に朝ご飯食べろだって」
 床に放られたままの姿勢で妹の紗弥香が言ってくる。黄色いワンピースの裾が大きく捲れ、猫のイラストがプリントされた子供パンツが丸見えになっているにも関わらず、そのことを気にしている様子はない。実年齢よりも幼い容姿をしているので現時点では色気も何もないのだが、数年先には手頃な自慰用のオカズとなってくれそうで、その健やかな成長を願わずにはいられない。いや、曲がりなりにもハーレムが出来た以上は、もうそんなことを祈ってやる必要もないのか。
「んじゃ、飯喰うか。その後でシャワー浴びて準備すりゃ丁度いいだろ」
「どっか行くの?」
「学校にちょっと用があってな」
 欠伸混じりの言葉を返してベッドから降りると、紗也加があたふたと立ち上がって俺の腰にしがみ付いてきた。普段から肩の辺りまで伸ばした髪を右側頭部のやや後ろで纏めているのだが、顔を擦り付けてくるのに合わせて揺れる髪の束はポニーテールの一種と言うよりも犬の尻尾のように見える。
「おいこら、妙な甘え方してくんな。邪魔だろうが。放せ」
「んー、今日はキョンくんと遊ぼうと思ってたのにー」
「暇ならミヨキチの家にでも行ってくりゃいいじゃねえか」
 ミヨキチというのは紗也加の親友である吉村美代子という名の少女のことだ。とても妹とは同級生に見えない程に大人びた線の細い美少女で、家に遊びに来ている時に顔を合わせ、その後も何度か話をしたことがある。一緒に遊ばせておけば発育の遅い我が実妹の元にも速やかに第二次性徴期が訪れてくれることだろう。
「だってー、家族でどっか行くって言ってたしー」
「なら他の友達と遊んでこい。俺は用があるんだからよ」
「あたしも行くー」
「連れてく訳ねえだろが。とにかく手を放しやがれ。飯喰って風呂入らなきゃなんねえんだからよ」
 そう言って力尽くで腕を外すと、紗也加は不機嫌そうな顔で唇を前方へと突き出した。まるで小型のハルヒだ。
「じゃあ、一緒にお風呂入る」
「あ?」
「お・風・呂! もうずっと一緒に入ってないんだから。ねえ、いいでしょー?」
 もう少し歳が近くて成熟していて血が繋がってさえいなかったなら、と思いながらも、俺はその妥協案を呑むことにした。
   ★★★
「学校に行かれるのでしたら御一緒しませんか?」
 学舎の正門へと続く長い坂道を上っている途中で不意に声を掛けられ、足を止めて振り返ると同年代と思われる男が一人立っていた。整った容姿と爽やかな雰囲気を持つ細身の男で、俗に言うイケメンという奴だ。その温和な顔立ちに見覚えはないが、俺と同じく県立北高校、通称北高の制服を身に纏っている。
 北高に関して特筆すべき困った点はこの制服で、男子がブレザーで女子がセーラー服というのはデザインも含めて個人的な好みに合致しているのだが、一年生から三年生までネクタイやリボンの色が同じである上に学年章もなく、一瞥して先輩なのか同級生なのか見抜く方法がない。どうにかして欲しいという要望は以前から学校側に数多く寄せられているらしく、先日配られた学年便りなる連絡文書によると、近々学年毎に上履きのラインの色を変える予定とのことだ。そういった改革は次の年度替わりに合わせて行うべきだと思うが、どちらにしても校舎内限定且つ先々の話であり、現時点では何の役にも立たないことに変わりはない。故に俺は適当な愛想笑いを浮かべつつ、この場はどう対処すべきかと考え込んだ。
「ああ、申し訳ありません。先に自己紹介すべきでしたね。一年九組の古泉一樹と言います」
 程なく相手からそう言ってきてくれたことに安堵し、俺もまた礼儀として自分の学年とクラスに加えて氏名を名乗った。九組と言えば頭脳明晰な生徒ばかりを集めた理数系の特別進学クラスだ。眉目秀麗でありながら一見して運動神経も良さそうに見える点には腹も立つが、頭のいい奴と知り合いになっておいて損をすることもないだろう。そんな打算的な考えを抱いていた分、殊更愛想良く挨拶の言葉を述べたのだが、古泉の受け答えを聞いて俺は瞬時に眉根を顰めた。
「貴方のことは存じ上げてます。このところ涼宮さんと行動を共にされているようですから」
 その台詞や状況からしてハルヒ目当てで俺に声を掛けてきたということは想像に難くない。考えてみれば馬鹿丁寧な言葉遣いや恭しい態度もどことなく胡散臭い気がする。もしかしたらハルヒの隣にいる俺を見て苦笑いしていた奴等の一人で、直接嘲る為に接触してきたのかもしれない。そう思っただけで自然と左の頬が引き攣ってしまう。
「……で? 俺に何か用か?」
 ハルヒに負けず劣らずの横柄な口調になってしまっていることは自認していたが、言い直す気にはなれなかった。
「少しお話がしたいと思いまして」
「だったら歩きながらにしてくれ。急いでんだからよ」
 俺はそう言い放つと同時に置き去りにするかのような速度で歩き出したのだが、古泉はすぐに隣りに並び、僅かな焦りも感じさせない穏やかな眼差しを向けてきた。
「何か誤解されていませんか? 僕はただ貴方と話がしてみたかっただけなんですが」
「俺とじゃなくてハルヒとじゃねえのか? だったら本人にそう言えよ。話し相手になって下さいってよ」
「ですから、涼宮さんとではなく、貴方とです」
「予め言っとくけどな。俺にホモっ気はねえぞ」
 嫌味のつもりでそう言ってやると、古泉は一旦押し黙ってから大きな声で笑い出した。相手に嫌悪感を抱かせることのない、気持ちに余裕のある優雅な笑い方だ。
「失礼しました。そういった反応は全く予想していなかったものですから。どうも僕は貴方の気分を害してしまったようですね。参考までに教えて頂けませんか? 初対面の僕をどうしてそんなに嫌うんです?」
「お前は俺とハルヒを観察して笑ってたんじゃねえのか?」
「観察していたということについては否定はしません。ですが、笑ったりはしていませんよ。微笑ましく眺めていた、というのなら当て嵌まるかもしれませんが」
 それまでの疑わしさを払拭するかのように、古泉は誠実な口調でそう告げてきた。しかし、どんなに真情が籠もっていたとしても意味するところは不明瞭だ。
「……お前の言う態度の差に何か違いがあんのかよ?」
「もちろんです。ですが、そのことを説明するのに僕一人では説得力がないでしょう。近い内に機会を設けたいと思います。その為の準備もありますので、本日はこれで」
 そう言い終わると同時に古泉は立ち止まって踵を返し、元いた方向へと歩き始めた。俺は更なる説明を求めようと何度かその背中に呼び掛けてみたのだが、古泉が振り返ることは一度もなかった。
   ★★★
 古泉の後を追うか迷ったこともあって、俺が文芸部室に到着したのは指定された時刻の一分前のことだった。実際に坂道を引き返していたら遅刻していたのは間違いない。それでもその判断が正しかったのか今一つ確信が持てないまま室内に入ってみると、他の三人は既に思い思いの場所で寛いでいた。ハルヒは何処かの教室から許可なく盗んできたであろう学校机の前に座ってパソコンを操作し、パイプ椅子に腰掛けた朝比奈さんはティーカップを手に窓の外を眺め、長門は昨日と全く同じ位置で文庫本を読んでいるといった具合だ。休日であっても登校時は所定の服装であること、と校則で定められている為に揃って制服姿であり、それだけならば別に驚くことなど何もなかったのだが、殺風景だった部屋の中は打って変わった有様となっており、俺は大きく口を開けたまま暫し視線を彷徨わせることになった。
 どこから持ってきたのか、メイド服やらバニーガールの衣装やらが吊り下げられているハンガーラックが片隅に設置され、隣には多段式の収納ケースが置かれている。ケースは半透明のプラスチック製の物で、どうやら中身は衣類らしい。他にも電熱ポットの載ったキャスターワゴンや小型の冷蔵庫、丸テーブルやホワイトボード等々、雑多な品々が全て適切と思われる場所に配置され、色取り取りの賑わいを見せている。冷蔵庫の隣に置かれたカラーボックスの上段には数々の食器、中段にはインスタント食品、下段にはカセットコンロや土鍋の箱が仕舞い込まれており、まるで一人暮らしのアパートのキッチンのようだ。
 当然、俺は長門と朝比奈さんに向かって軽く会釈した後、この様変わりの主導者であろう人物に問いを発することにした。
「おい、ハルヒ。この荷物どうしたんだ?」
「昨日の夜、必要かなと思う物を掻き集めたの。で、午前中に引っ越し業者に運んで貰ったって訳。部屋の掃除やパソコンの移動までやってくれたわ」
 モニターに向けていた顔を上げ、ハルヒは何でもないことのように答えた。
「お前、午前中からここに来てたのか?」
「元からそのつもりだったのよ。隣の部屋の準備もあったしね」
 その返答に俺は右手の奥にあるドアへと視線を向けた。コンピュータ研究部の件やら何やらで失念していたが、ハルヒが何かをしでかしたのなら一度は向こう側を確認しておかねばならない。
「でもよ、隣って、ウチで使っちまっていいのかよ?」
「当たり前でしょ。今は文芸部の書庫ってことになってるんだから。それより中を見てみなさいよ。きっとビックリするから」
 書庫の件など一度も聞いてはいなかったが、俺は文句も言わずに首肯した。言った言わないの水掛け論を始めるよりも、今は隣室の状態を把握しておくべきだろう。漠然とした不安に捕らわれながら扉の前へと歩き、恐る恐るドアノブに手を掛ける。ゆっくりと開いた先に見えたのは、驚くべきと言うよりも呆れるべき光景だった。
 目の前に広がる空間には窓も廊下に出るドアも見当たらず、俺の開いている扉以外に出入り口はない。床一面には毛の長い緋色のカーペットが敷かれ、壁際には二人掛けのソファとガラステーブル、その正面のチェストの上には三十インチ前後の液晶テレビが配されている。何よりも予想外だったのは中央に円形の大型ベッドが鎮座している点だ。上には畳まれたシーツや掛け布団と共に枕が四つ並べられている。
「……ラブホかよ?」
「気に入った? 今後、こっちの部屋は団室って呼ぶことに決めたわ。防音になってるそうだからセックスし放題よ」
 気付かぬ内に背後に立っていたハルヒが弾んだ声を掛けてくる。
「名前は別にいいけどよ、防音って何だ? んなことする必要がどこにあんだよ? ここは音楽室でも視聴覚室でもねえんだぞ?」
「元々この部室は軽音部が使ってて、こっちの部屋は練習場所だったらしいわ。何で優遇されたのかは知らないけど、廃部になった後で両方とも文芸部が使うことになったそうよ」
「……つまり、元はスタジオだったってことか」
 特に防音処理が施されているようには見えないが、試しに室内に入って両の手の平を打ち合わせてみると、音の反響が確かに幾分弱いようだ。
「いや、ちょっと待て。軽音部ってまだあったんじゃねえか? 部活の一覧に載ってた気がすんぞ?」
「何年か前に暴力事件起こして一回潰れたって話よ。今の部はその後で誰かが新しく作ったんじゃない? 仮入部の時、去年迄は同好会だったとか何だとか聞いたような気もするし」
 その説明に一応は納得したものの、周囲の眺めには軽い目眩がしてくる。ハーレムとしては絶好の環境だろうが、ここまでは望んでいなかったというのが正直なところだ。
「ベッドとかテレビとかもお前が用意したのか?」
「知り合いに頼んで用意して貰ったのよ。部室に運ぶって言ったら配送の人は驚いてたみたいだけどね」
「当たり前だ。つうか、支払いはどうすんだ? どれもこれも新品みてえだし、相手が知り合いでも金は払うんだろ? 配送代だってあるだろうしよ。どう考えても文芸部の部費じゃ足りねえだろが」
「全部あたしが払うわ。このくらい大したことないもの」
「いや、でもよ……」
「いいの。お金の心配はないって昨日も言ったでしょ」
 ハルヒの口調は平素のものと変わりなかったが、俺は金銭についての追求を諦めることにした。家族の件と密接に関わることでもあるだろうし、また要らぬことを口にして不快にさせても仕方がない。
「けどよ、この後どうすんだ? もうどっちの部屋も片付けの必要なんてねえだろ?」
「もちろん予定は変更よ。何をしようか色々と考えたんだけど、まずは有希とみくるちゃんに基本的なことを教えてあげることにするわ」
 そう言ってハルヒは俺の肩に手を載せ、ニヤリと笑った。
   ★★★
 その後、ハルヒは長門と朝比奈さんを団室に呼び寄せ、何の説明もせずに今すぐこの場で裸になるようにと命じた。相変わらずの暴君振りだ。長門は無言のまま俺の顔をじっと見つめ、恐らく指示を待っているのだろうと思って頷いて見せると、途端に恥じ入る素振りもなく淡々と服を脱ぎ始めた。それでもよくよく観察してみると頬が薄っすらと赤味を帯びており、羞恥心が皆無という訳ではないらしい。僅かであっても感情が垣間見えたことは素直に嬉しく、その肌が露出するのに合わせて自然と胸が高鳴っていく。
 やがて全容が明らかとなった長門の裸身は失礼ながらハルヒと比べれば幼く貧弱なものだったが、俺はその美しさに感動すら覚えた。心底気に入ったのは言うまでもない。片手に収まりそうな控え目な乳房は上向きに尖り、撫子色と呼ぶには少しばかり色素の薄い乳首や乳輪と共に少女らしさを主張している。全体的に華奢なこともあって腰や脚はハルヒよりも細く、小さく薄い尻も無毛の秘所も思わず撫でてやりたく程に無垢で可愛らしい。それでいて全身から幾分成熟した甘やかな香りを漂わせており、そのアンバランスさ故に儚さを感じずにはいられない。そんな少女の生まれたままの姿を目の当たりにして心が動かない人間などいないだろう。
 一方、朝比奈さんは全身を真っ赤に染め、瞳を潤ませながら未だに衣服を脱ぎ続けていた。ハーレムに加わることを了承したとは言え、心中には迷いがあるのだろう。ブラジャーを外すと同時に両の乳房の先を片腕で懸命に隠し、ピンクのショーツに片手を掛けてからは全く動く気配がない。何かしら言葉を掛けてやった方がいいのだろうかと悩んでいると、ハルヒが音もなく朝比奈さんの背後に忍び寄り、一気にショーツを引き下ろした。
「どひゃああ!」
「変な声出さないの。ほら、足首抜きなさい。そう、こっちも。ん、これで良しっと。それじゃ部室の鍵閉めてくるから、それまでみくるちゃんはそこに立ったまま大きく脚を開いてなさい。両手は上に挙げて万歳ね。ノロノロしてた罰よ。判った?」
「ぅぅぅぅ……」
「判ったのっ?」
「はっ、はいっ!」
 幾らか怒気を含んだようなハルヒの問い掛けに圧倒されたのだろう。朝比奈さんは本心とは真逆と思われる返答をし、半泣きになりながらも即座に指示に従った。女性としては屈辱的とも言える滑稽なポーズを俺と長門の前で披露したまま、乳首や股間の陰りだけでなく淫裂をも晒け出している。
 しかし、その裸体は素晴らしいものだった。細身でありながらも男の欲情を誘う部分は肉感的な質量を備えており、身体全体が色気のあるラインで構成されていると言ってもいい。巨乳と呼ぶに相応しい乳房はハルヒよりも二回りは大きく、肌寒さでも感じているのか、その先端の薄紅色の突起物は少々尖り始めているようだ。尻は大きくふくよかで張りがあり、太腿も同様にむっちりとしてはいるが特に脚全体が太いということもない。密度の高い陰毛は逆三角形に揃えられており、剃毛か脱毛かは知らないが何かしらの手入れをしていることが伺える。次いで目に入ったのは局部だが、俺はそこで疑問を感じた。微かに開いた淫唇が不自然な程に艶やかな光を放っている
「あれ? もしかして朝比奈さん、濡れてます?」
「うう……見ないでぇ……」
 嫌なら脚を閉じるなり手で隠すなりすればいいと思うのだが、なかなか隣室から帰って来ないハルヒにその姿を目撃されたら後が恐ろしいとでも考えているのだろう。本心から気の毒だと思いはするものの、見るなと言われれば見たくなるのが人間の持って生まれた本質というものだ。加えて種族としての対を成す女体の観察は男にとって人生の最大目標と言っても過言ではない。依って俺は朝比奈さんの正面に座り込み、脚の付け根を下から見上げて愛液の分泌状況を詳しく調査しようとしたのだが、そこにハルヒが戻ってきた。間の悪いことこの上ない。
「……何やってんの?」
「いや、その、ちょっと確認をだな……」
「そういうことは後。これから二人にはオナニーの気持ち良さを教え込むんだから」
 高らかに目的を述べた後、ハルヒは首を傾げつつ眉根を寄せた。
「……考えてみたらこの場にアンタ必要ないわね。あんまり恥ずかしがらせても逆効果だろうし」
「ちょっ、元々はお前が朝比奈さんに――」
「外に出てて。この部屋じゃなく部室の外にね。二時間したら戻ってきてもいいわ」
   ★★★
 長門と朝比奈さんの自慰観賞を簡単に諦める気にはなれず、俺は様々な条件を持ち出して交渉を試みたのだが、結局は部室から追い出されてしまった。ハルヒからの厳命が朝比奈さんの秘所観察に基づくものだとすれば、自らの安易な行動を悔やむしかない。唯一の救いは団室から出て行く際にハルヒが掛けてきた言葉だ。
「全部アンタの為なんだから。二時間後を楽しみにしてなさい」
 ハルヒはそう言って肩を落とした俺に背後から抱き付き、約束の証であるかのように頬に唇を押し当ててきた。その思わせ振りな台詞と態度を都合良く解釈するならば、二時間後には自慰観賞以上の甘美な出来事が待ち受けていることとなる。
 しかし、あまり期待し過ぎるのも考えものだ。単に汚れたシーツの交換や着衣時の服の手渡し等を命じるつもりでいるのかもしれない。仮にそうではなかったとしても、気紛れに予定を変更させることは充分に有り得る。大望を抱くことなく一言一句を心に留めておくといった心境でいることが、この場合の正しい対処方法と言えるだろう。
 それでも時間が経過するに連れて団室への再訪が待ち遠しくなり、その思いは具体的な性的行為を脳裏に浮かび上がらせつつ、萎え始めていた陰茎を再び勃起させていく。部室を出てからの俺は行く宛もなく適当に校内を歩き回っていたのだが、一物の硬度が高まるに従って極端な前屈姿勢となり、止むなく自分の教室に行ってみることにした。
 後の展開がどうであろうと、このままでは全裸の長門と朝比奈さんを前にして自分を制御し切れる自信がない。もしそれが許されたとしても、相手の肌に触れただけで呆気なく果ててしまいそうだ。男としての威厳を今以上に損なうことのないよう、その前に一、二回は精液を放っておく必要がある。もちろん妄想だけでそうすることも可能だが、出来ればオカズとなる物が欲しい。谷口の机の中にエロ本の一冊でもあれば、時が来るまで男子トイレの個室で過ごすのも悪くはないだろう。
 そんな考えから微かに息を荒げつつ教室の扉を開けると、誰もいないと思っていた室内に人影があった。困ったことに相手は女生徒で、尚且つ爽やか美少女の朝倉だ。他に生徒の姿は見えないものの、それ故に気まずい状況でもある。
「どうしたの? お腹でも痛いの?」
「ああ、まあ、そんなとこだ。お前はどうしたんだ? 部活の途中か?」
「部活には入ってないもの」
「んじゃ、何で休みなのに教室に来てんだよ?」
「そんなことどうでもいいじゃない。それより――」
 朝倉は言葉を一旦区切ると、悪戯っぽく目を細めて微笑み、俺の顔に向けていた視線を僅かに下へと移動させた。
「――そこが苦しいの? あたしが助けてあげようか?」
 その意味深な発言を受けて、俺がまず自分の耳を疑ったのは無理もないことだと言えるだろう。何しろ相手はクラスの女生徒の中でも穏健、明朗、優美の各派筆頭たる存在の朝倉だ。ハルヒのように常日頃から淫語を発するでもなく、女同士で猥雑な話をしているところさえ見たことがない。それでもその瞳は明らかに俺の股間を捕らえており、日頃の言動との著しい差異を前にして困惑すると共に、実はこれが本性なのではないかという疑念が生じてくる。
「そんな怖い顔しないで。もう前のあたしとは違うんだから」
「前のあたし? どういう意味だ?」
「教えて欲しい? じゃあ、その前に少し場所を変えるわね」
 そう言って朝倉が右手の指をパチンと鳴らした瞬間、俺の周囲の光景は一変した。
   ★★★
「なっ? 何だここは……」
 まず最初に目に入ったのは天井と四方を覆う壁だった。どちらにも得体の知れない図形がびっしりと描かれており、フラクタルアートの一種のようにゆっくりと形を変えている。目眩を起こしそうな眺めであるのと同時に、奥行きや高さ等の距離感が全く感じられない。辺りには机も椅子もなく、代わりにキングサイズのベッドが中央に一台ポツンと置かれているのみだ。ハルヒと同じ発想を笑ってやりたいところだが、そんな気持ちの余裕はない。
「お前っ、何しやがったっ?」
 俺はベッドの傍らに佇んでいる朝倉に大声でそう尋ねた。第三者の姿がない以上、事前の怪しげな素振りからしてもコイツが犯人であることは間違いない。
「怒鳴らないで。ちゃんと説明してあげるから。ここはあたしが情報制御している空間。教室内の分子結合をちょっと弄ったの。取り敢えずベッドは必要でしょ?」
「んな説明で判るかよっ! お前がやったんなら今すぐ元に戻せっ!」
「気に入らなかった? もっとそれっぽくした方がいい? ちゃんとした壁を作ってエッチなポスターとか貼ってあげようか?」
 普段と何ら変わることのない口調でそう言うと、朝倉は穏やかに微笑み掛けてきた。そんな態度が却って恐ろしく感じられたのは当然のことだ。コイツはこの異様な状況を何でもないことのように語っている。そう考えただけで目の前の相手が理解不可能な存在に思えてくる。
「……とにかくここから出してくれ。話はその後で聞くからよ」
「そんなこと言わないでこっちに来て。涼宮さんには内緒にしておいてあげるから」
 そう言って朝倉が手招きをした刹那、俺の身体は一瞬にしてベッドの前へと移動させられていた。SFで言うところの空間転移のようなものらしく、気が付いたらそこにいたと言った感じだ。無論、移動の経過さえも覚えてはいない。あまりのことに俺は言葉もなく立ち尽くしているのが精一杯で、自分がどんな格好をしているのか気付いたのは朝倉が残念そうに言葉を掛けてきた後のことだった。
「本当に気に入らなかったみたいね。しょんぼりしちゃってる」
「あ?」
 嫌な予感を覚えつつ朝倉の視線を辿ると、俺の剥き出しの下半身へと注がれていた。いや、下半身だけでなく上半身をも含めて何時の間にか一糸纏わぬ姿となっており、俺は慌てて両手で股間を覆い隠した。
「何してくれてんだっ! つうか、これもお前がやったのかよっ?」
「だって有機生命体の男性器なんて直接見る機会が今迄なかったんだもの。でも割りと可愛いのね。これなら生殖の前後に相手が口に含みたくなる気持ちも理解出来るわ」
「さっきからお前の言ってることはさっぱり判んねえよっ! 俺をどうするつもりだっ?」
「そんなこと決まってるじゃない」
 朝倉はそう言って自身の左胸をポンと叩いた。途端に着ていたセーラー服が細かな塵となって消えていく。ブラジャーやショーツも同じように消滅していき、後には歳相応に肉感的な裸身だけが残った。
「貴方の子を宿して涼宮ハルヒの出方を見る」
「ちょっ? 何っ?」
「ふふっ、冗談よ。あたしはただ貴方と生殖行為がしてみたいだけ。多分、長門さんが貴方と出会った影響ね。何日か前まではそんなこと思いもしなかったもの」
「ちょっと待てっ。何で長門の名前が出てくんだよっ?」
「ちゃんと全部教えてあげる。でもその前に色々と教えてね?」
 甘い口調で囁き掛けてきた後、朝倉は俺の前に屈み込んで萎えた陰茎に頬摺りを始めた。咄嗟に後ろに下がって逃れようとしたものの、その時にはもう俺の両手も両脚も全く動かなくなっていた。
   ★★★
 身体の自由を奪われたとは言え、目や口だけは自由に動かせることが判った時点で散々文句を言ったのだが、朝倉は勝手な行為を止めようとはしなかった。更に俺を焦らせたのは、当初は怯えによって萎縮していた陰茎が節操もなく勃起し始めてしまったことだ。それだけ頬の感触が心地良かったとも言えるが、それを見た朝倉は嬉しそうに微笑んで更に強く顔を擦り付け始め、俺は必死に気を逸らすと同時に現状から逃れる方法を考え続けた。このままでは否応なく脱童貞ということになり兼ねない。その他の性的行為に関しては妥協してもいいが、初の性交相手だけはハルヒであって欲しいと言うのが俺なりの貞操観念だ。ましてや相手は正体不明であり、人間なのかどうかすら判らないときている。
 何か方法はないか、何処かに隙はないか、そう思いながら眼球だけを動かして周囲を観察していると、不意に背後に妙な気配を感じた。同時に身体の拘束が解け、思わずその場に座り込む。元より屈んでいた朝倉と間近で対峙する形になったが、相手の視線は俺の後方へと向けられており、釣られて振り返るとすぐ傍に見知らぬ少女が立っていた。大人しく清楚な印象の小柄な美少女で、ウェーブの掛かった髪を肩まで伸ばし、前髪は髪飾りで左右に均等に分けている。北高の制服であるセーラー服を着てはいるが、その姿に見覚えはない。
「……喜緑さん、どうしてここに?」
 そう呟いた朝倉の声は驚きに満ちていた。それが如何なる理由に依るものかは知らないが、苗字か名前かを呼び掛けたということは顔見知りなのだろう。
「貴方の独断行為を中止させる為に来ました」
 たおやかな微笑を浮かべ、見知らぬ少女は柔らかく丁寧な物腰でそう答えた。
「貴方の言うことを聞く必要なんてあるの? 確かに以前の情報は貰ったけど、今も管理下って訳じゃないでしょ?」
「ですが、貴方の情報結合解除の権限は現在もわたしにあります。当行為を決して認めないという訳ではありませんが、優先順位は守るべきです」
「ああ、そういうことね。だったら今回は素直に諦めるわ。でも残念。こんなことなら早く味見しちゃえば良かったな」
 そう言って朝倉が先刻と同じように右手の指を打ち鳴らすと、瞬時にして辺りは見慣れた教室の風景へと戻った。いつの間にか俺自身の身体にも制服が着せられている。二度目とは言えど理解不能な現象に俺は暫し唖然とし、後にゆっくりと立ち上がってセーラー服姿の二人の少女から距離を取りつつ問い掛けた。
「……お前ら、何モンだ?」
「それはこっちのお姉さんに聞いて。今もあたしの上司らしいから。許可なく話したら消されちゃいそうだしね」
 戯けた口調でそう言いながら、朝倉は手の平で見知らぬ少女を示した。
「二年一組の喜緑江美里と申します」
 少女は自己紹介の言葉を述べた後に俺に向かって深々と頭を下げ、やがて顔を上げると共に頬を染めて視線を逸らした。
「あ、ごめんね。貴方のズボンと下着だけ、再構成するのを忘れちゃってたみたい」
 朝倉はニヤニヤと笑いながらそう言い、俺はそこで初めて自分が下半身丸出しであることに気が付いた。
   ★★★
 その後、俺は手近な椅子に腰掛けて深く溜息を吐くと、取り敢えず朝倉と喜緑さん相手に質問を重ねることにした。もちろん事前に再構成とやらで瞬く間にトランクスと制服のズボンを着せて貰ったのだが、間抜けな姿を晒したことで完全に毒気を抜かれてしまい、敵愾心を剥き出しにするような気にはなれなかった。或いはそれが朝倉の狙いだったのかもしれない。
 その場から逃げ出さず、大声で助けを呼ぶこともせずにいたのは、朝倉はともかく、喜緑さんには害意が全く感じられなかったからだ。味方とまでは言い切れないが、隣の二重人格者よりは話が通じそうであり、仮に敵だったとしても、得体の知れない少女二人を相手にこの場から逃亡を図ることなど恐らく不可能に違いない。ならば覚悟を決めて詳細を問い質し、情報を得た上で改めてどうすべきか判断すればいい。そんな考えから俺は比較的穏やかに問いを発した。
「改めて聞くぞ? お前らは何モンだ?」
「わたしたちは当銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースです。端的に言うならば、宇宙の一部の意思によって作られたアンドロイド、といったところでしょうか。個別に生体を維持していますので、宇宙人と言い換えても差し支えはないでしょう」
「よく判んねえけど、つまり人間じゃねえんだな?」
「はい。当惑星の人間に模して作られてはいますが、構成は異なります」
「そんなお前らが何でここにいる? 何を企んでんだ?」
「主要目的は涼宮さんを観測し、入手した情報を情報統合思念体に報告することです」
「何でハルヒの名前が出てくんだよ? アイツを見張る必要がどこにある?」
「涼宮さんには特別な力があるからです。彼女には何もないところから情報を生み出し、自分の都合の良いように周囲の環境情報を操作する能力が備わっています。涼宮さん本人はそのことを認識していませんが、現に無意識下で何度もその能力を発動させています。情報統合思念体は彼女こそ情報生命体である自分たちの自律進化の閉塞状態を打開する存在ではないかと考え、わたしたちを通して解析を行っているという訳です」
 俺が冷静に問い掛け続けることが出来たのは、ある種の予感めいたものが自身の中にあったからだ。まるで粗筋だけを知らされていた映画を見ているかのように、喜緑さんの言葉に多少の違和感を覚えつつも自然と納得出来てしまう。無論、相手の返答にはそれだけでは理解不能な点も数多く存在していたが、その既視感にも似た奇妙な感覚は決して悪感情を伴うものではなかった。
「けどね、涼宮さんにしても願ったことが全て叶う訳じゃないの。今迄の観測によると、発動率は千三百六十七分の一ってとこ。その時の体調とか精神状態とか、色々と要素はあるんだけど、千回以上願ってやっと一つだけ。でもその一つが凄いのよ」
「凄いって何だよ? 宝クジの一等でも当たんのか?」
 俺がそう言うと、朝倉と喜緑さんは顔を見合わせて楽しそうに笑った。馬鹿にされているのかと思ったが、どちらの表情にも驕慢さは見受けられない。ただ単純に面白がっているといった様子だ。やがて二人は同時に俺へと向き直ると、真面目な顔付きになって順に口を開いた。
「もっと規模の大きなものよ。あたしたちにも全てが把握し切れない程の、とても強い力」
「具体的に言いますと、今のこの世界は未来の涼宮さんが作り上げたものです」
「はあ?」
「彼女はその力によって本来の世界の全存在を過去へと戻しました。全宇宙における概念及び拡大総宙域をも含む全ての存在をです。多元積層世界の不変域にバックアップを取っておかなかったならば、わたし自身も能力の発動について知り得ることはなかったでしょう」
「……頼むから、もっと判り易く言ってくんねえか?」
「だから言ったじゃない。ここは全部涼宮さんが作った世界なんだって。情報統合思念体や天蓋領域も含めてね」
「彼女の複数の願望によって改変された過去、それがこの世界です。力の発動は今から約三年後、きっかけは貴方の死でした」
   ★★★
 予想もしていなかった台詞の後に訪れたのは長い沈黙だった。朝倉と喜緑さんは落ち込んでいるかのような顔で口を閉ざし、俺は目の前の二人が冗談だと笑い飛ばしてくれることをずっと願い続けていた。
 自分の死について早急に詳しい説明を求めなければならないことは判っている。しかし、聞いたところで対処法がなければ死刑宣告と何ら変わりはしない。例え原因が病気であろうと事故であろうと、その時が訪れるまで絶望しながら暮らすことになり兼ねず、場合によってはそれ以前に気が触れてしまうかもしれない。聞きたいという知識欲と聞きたくないという恐怖心の狭間で考えを巡らしていると、不意に教室の壁時計が視界に入った。現時刻は十四時五十七分。団室再訪可能となるまで残り約三十分しかない。必ずその時間に戻れと言われた訳ではないが、遅れれば何かしらの文句は聞かされることになるだろう。かと言って自身の生死に関わる問題を放置して部室に戻ることは出来ない。ここは携帯電話にてハルヒに断わりを入れておくべきか。
「悪いな、少し廊下で電話してくる」
 俺がそう言って椅子から立ち上がると、喜緑さんが何度か言い淀んだ後に沈んだ声を掛けてきた。
「……本当に申し訳ありませんでした。涼宮さんだけでなく、貴方の周囲をも日々警護していたのですが、結果的には力不足でした」
「……その点についてはあたしも申し訳なく思うわ。もう起こらないことだって判ってても、前の世界では守り切れなかった訳だしね。涼宮さんがいきなり力を使っちゃったから、蘇生も出来なかったって話だし」
 俺は薄く笑い返しつつ、二人の発言に疑問を抱いた。
「ん? 警護とか守り切れないとかって何だ? 俺は誰かに殺されるってことか? もう起こらないってのはどういうことだ?」
「前世界での貴方は約三年後の当校卒業式の直後に死亡しました。直接の死因が直径二十四ミリの鉄パイプが頭蓋骨を貫通したことに因るものか、首を刎ねられたことに因るものかは詳細な調査が出来なかった為に判断付き兼ねますが、犯人は天蓋領域側のヒューマノイド・インターフェース、目的は涼宮さんの反応を確認する為と思われます。そうでなければ私たちの監視下で蛮行に及べる筈がありません。恐らく貴方に対して友好的であった周防さんではなく、天蓋領域の強行派が新たに用意した個体でしょう」
「要するに、情報統合思念体とは別の宇宙の意思のようなものがあって、そこの一派から送り込まれたあたしたちみたいなのが貴方を殺したってこと。もう起こらないって言ったのは、この世界の情報統合思念体や天蓋領域には元々あった派閥が存在しないってことよ。同じことを繰り返させないように、涼宮さんが世界を改変する時に都合良く一つに纏め上げちゃったみたい。もちろん無意識の内にね」
「当世界での情報統合思念体、及び天蓋領域は涼宮さんに対して非常に好意的です。仮に一部がそれに反した行動を取ろうとしても、その時点で消滅するという枷を嵌められてもいるようです」
「……つまり俺は三年後に死んだりしねえってことか?」
「はい。貴方が殺害されることは強引に押し込まれた変則事象でしたので、その可能性が根本から消えた以上、本来の寿命である六十七歳になるまで死亡することはないでしょう。その頃には涼宮さんの能力は失われている筈ですので、再び過去に戻ることも有り得ないと思われます」
 二人の返答には相変わらず意味不明な点が多かったが、俺は安堵の溜息を吐いた。取り敢えず非業の死を迎えることがないと判っただけでも有り難い。ならば、ここは腰を据えて不明点を確認しておくべきだろう。その為にはまずハルヒに遅刻する旨の連絡だ。
「んじゃ、詳しい話を聞かせて貰う前に電話してくっからよ。ちょっと待っててくれ」
 二人の宇宙人にそう告げながら教室の出入り口まで歩いて行き、右手でドアを開いた途端、俺は見知らぬ女性に正面から抱き付かれた。
   ★★★
「んはぁ……御主人様の匂いぃ……すふぅ……大好きな御主人様の匂いぃ……くふぁ……もうわたしこれだけでびしょ濡れですぅ……」
 抱き付いてきたのはスーツに身を包んだ小柄な女性で、俺の胸に顔を押し当てて鼻息荒く息を吸い込んでいる。柔らかな乳房が押し付けられているのは心地良いが、両腕に力を込めているだけでなく脚をも絡めてきており、両手で肩を押し遣っても思うように引き剥がせない。
「ちょっ、何なんですかっ? 離して下さいよっ!」
「命令口調で言ったみたら如何です? 恐らく貴方の望むようになるかと」
 横からそう声を掛けられ、視線を向けると古泉が立っていた。今朝と同じ制服姿のまま、両手にコンビニエンスストアの買い物袋を下げている。
「お前の知り合いかよっ! 早くどうにかしろっ!」
「ですから命令口調で。物は試しと言うじゃありませんか」
「くっ、離れろっ!」
 大きな声で叫ぶと女性はビクッと身体を震わせた後に慌てて手を離し、そのまま数歩下がった場所に妙な姿勢で座り込んだ。それはどう見ても犬のお座りのポーズであり、大きく捲れ上がったタイトスカートからベージュのストッキングと黒いショーツが見えている。だが、俺の目はその場所ではなく、女性の顔に釘付けになった。
「……あの、朝比奈さんのお姉さん、ですか?」
 思わずそう声を掛けてしまったのは、目の前の忠犬が朝比奈さんにとてもよく似ていたからだ。顔付きや雰囲気はより大人っぽく、衣服を纏っていながらも色気に満ちており、スーツの胸部分は三割増し程度に膨れ上がっているが、顔の作りは同一人物と錯覚する程に酷似している。
「はぁん、御主人様ぁ。本人ですぅ。朝比奈みくる本人ですぅ」
「……古泉、お前は何か知ってんだろ? 説明しろ」
「ですから、この方は御本人が仰っているように朝比奈みくるさんです。未来の、という但し書きが必要かもしれませんが。宇宙人の次は未来人という訳です」
 古泉の説明に思わず背後を振り返ると、喜緑さんが歩み寄ってくるところだった。上級生型宇宙人は俺の真横に並び、古泉と未来の朝比奈さんとやらに軽く頭を下げてから、物静かに語り掛けてきた。
「失礼ながら、朝倉さんの空間に侵入する直前にわたしが急遽お二人をお呼びしました。貴方への補説の他に、手伝って頂きたいこともありましたので」
「何するつもりか知らねえけどよ、そんなにのんびりとはしてられねえぞ?」
「長門さんから連絡は受けています。貴方の懸念は今から十七分二十八秒後の涼宮さんとの待ち合わせに関するものですね?」
 そう言えば朝倉が長門のことを口にしていたな、と思いつつ、俺は喜緑さんに対して曖昧に頷いた。
「それでしたらご安心下さい。その時間までには全てをお伝えすることが出来るでしょう。もし涼宮さんに遅れる旨の連絡を入れるつもりでいらしたのであれば、その必要はありません。では朝比奈さん、お願いします」
「はい。あ、でもその前に。御主人様、立ち上がってもいいですか?」
   ★★★
[2011年02月20日] カテゴリ:【SS】涼宮ハルヒの淫婚 | TB(-) | CM(-)
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